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インタビュー

橋渡しインタビュー

障害ある息子とフラは、生きる希望 小林順子さん

2024年11月5日

 横浜市の小林順子さん(55)は、障害のある人と家族や支援者らが参加する障害者支援者団体「ジュンコフラサークル」を主宰している。重い知的障害と自閉症のある息子(24)を抱え、親子で心中しようと思うほど自分を追い詰めた過去がある。2015(平成27)年には乳がんを発症し余命3年と宣告されたが、治療中に始めたフラダンスに生きる喜びを見いだした。

母親も自分の時間を持って

 ジュンコフラサークルは横浜市深谷俣野地域ケアプラザ(横浜市戸塚区)で月2回、フラダンスのレッスンを行っている。

 参加費は1回500円。障害者家族や生活介護事業所の職員、男性の障害者など、五つのグループに分かれて、老人ホームでのボランティア活動やイベント出演などを通じて、地域と盛んに交流している。

講師を務める「ジュンコフラサークル」の小林順子さん
講師を務める「ジュンコフラサークル」の小林順子さん

 「フラを幸せそうに踊っている私を見て、息子も幸せな気持 ちになれたのでは」と語る小林さん。フラに出会ったことで、いつも笑顔でいられる毎日を送れるようになった。

 障害のある子どもを育てる母親は、自分だけの時間を持つことが難しい。それでも家庭の中で、母親が笑顔でいることは大切なことだ。少しでも自分の趣味や好きなことをする時間を持ってもらいたい―。小林さんの願いである。

息子と一緒に雷に打たれてしまえばいいと思った

 2000年に授かった待望の長男は、2歳を過ぎたころから壁に向かって手拍子をするなど、不思議な行動が目立つようになった。3歳になり、最重度の知的障害と自閉症との診断を受けた。

 「担当医に言われてショックだったのは、息子はこの先、一生会話はできないこと、一生おむつをはいて生活すること、介助者がいなければ生きていけないこと―の3点でした。その日から、私は一生息子の介助者として生きることになりました」

 成長するにつれて、自分の気持ちをうまく伝えられない息子は、自傷行為を繰り返すようになった。壁や床に頭を打ちつけるので、柔らかいクッションで覆った部屋を用意した。けがをしないよう注意しながら、ただ見守るしかなかった。

愛する息子と
愛する息子と

 雷が鳴ると、息子の手を引いて雨の中、外を歩いた。「このまま雷に打たれれば、死ねるかもしれない」と思ったからだ。

 就寝する時は「明日は目が覚めないように」と願い、朝を迎えれば「また今日が始まった」と憂鬱(ゆううつ)だった。

 そんな小林さんが母親として諦めきれなかったのが、トイレトレーニングだった。おむつをはかせず、なんとか自分でトイレに行って用を足せるよう促してきたが、小学4年の時にとうとう諦めかけた。

 それを聞いた当時の担任は「お母さんは、今までよく頑張って来られましたから、それでいいと思います。でも学校では、これからもトイレトレーニングを続けていいですか」と優しく声をかけてくれた。

 その言葉を耳にした瞬間、涙があふれた。長い間、育児で孤独を感じていたが、自分以外にも息子のことを心から思ってくれる人がいたと分かったからだ。小林さんは先生に感謝し、家でもトイレトレーニングを続けた。

 それから4年が経ち、息子が中学2年になったとき、劇的な変化が見られた。大人用の三輪自転車に乗れるようになったのだ。サドルにまたがる、足にペダルを置く、両手でハンドルをつかむ―といった一つ一つの動作に慣れ、覚えるまでに時間はかかったものの、訓練が実を結んだ。

三輪自転車に乗り、生活介護事業所に通所している
三輪自転車に乗り、生活介護事業所に通所している

 「急に自信が付いたのか、その後トイレトレーニングも成功しました。最初の診断を受けた時からお世話になっていた先生は『奇跡だ!』と驚かれました」

 生き生きした表情を見せるようになった息子に、心が和んだ小林さん。

 だが、今度は小林さん自身が乳がんを発症した。余命3年と宣告を受けた瞬間、以前は死ぬことばかり考えていたのが「息子のために生きる」と強く誓った。

 抗がん剤治療を始め、医師から運動を勧められたこともあって、フラダンスをしに行ったことが転機となった。

女性としての喜び感じた

 元々独身時代はケーブルテレビのアナウンサーや司会業として活躍してきた小林さん。仕事を最優先にするため、「女性らしさ」にふたをする思いで過ごしてきた。

 だが、フラサークルの体験でパウスカートやレイ、ウィッグと髪飾りを借りて、化粧をして鏡の前に立った。抗がん剤で髪が抜け落ち、片方の胸を切除して、変わり果てたと思っていた自分の姿が美しく映った。

 「私、すてきじゃない?」。女性らしい自分を、初めて受け入れられたという。

 しなやかな手の動きに、癒やされる音楽。すっかりフラダンスに魅了された小林さんは、一日中踊り続けた。そんな母親の姿を息子はじっと見つめ、うれしそうにしていた。

これからも仲間たちとステージに立ち続ける
これからも仲間たちとステージに立ち続ける

 「片方胸がなくても関係ない、あなたは女性としてすてきだと、神様が私にフラを与えてくださったと思えて。あと、フラは群舞で踊るダンス。仲間と一緒にやる楽しさも教えてもらいました」

 笑顔で踊ることで、免疫もついたと実感している。フラを始めてから一度も風邪を引かず、余命3年といわれていた期間はとうに超えた。

 来年で乳がんを発症してから10年。生き永らえたのは家族とフラのおかげだと、小林さんは明るく笑った。

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