2023年5月5日 | 2024年7月22日更新
「ビミョー」といえば、どういう使い方を思い浮かべるでしょうか。「ここのラーメン、ビミョー」「あの俳優、髪型がビミョーだね」など、言い換えれば「イマイチ」「あまり良くない」といった否定的なニュアンスで発することが多くはありませんか? 実は、元々仏教で使われていた「ビミョー」は全く異なる意味を持っていたのです。
「ビミョー」は本来「微妙(みみょう)」と読みます。「微妙」または「妙」は、仏教で多く使われていた言葉で、「非常に優れていること」という意味があります。言葉では言い尽くせないような深遠な真理や不可思議さを形容する際に用いられていました。
ブッダが説いた真理は、比べるものがないほど優れているという意味で、「妙法」と言い表すこともあります。日蓮宗や法華宗などで唱えられる「南無妙法蓮華経」にも、この言葉が用いられています。ちなみにこれは「白蓮華のように最も素晴らしい教え(妙法蓮華経)を信じて従います(南無)」という意味です。
例えば現代でも、「妙案」という言葉には、優れた思いつきという意味があるため、これは仏教で使われていた意味に近いと考えることができますね。
元々仏教では大変いい意味をもっていた「妙」。今はむしろ悪い印象の方が強い言葉になってしまいました。このように、普段何げなく使っている日本語の中にも、仏教由来の言葉がたくさんあります。
あまりの多さと意外さに、きっと誰かに話したくなるはず。まずは明日、誰かが「ビミョー」と言った時に、ちょっとした雑学としてこの話をしてみてはいかがでしょうか。