2024年12月23日
※文化時報2024年10月18日号の掲載記事です。
大阪市港区の本門法華宗上行寺(中村泰静住職)を拠点に活動するNPO法人「寺子屋ひゅっげ」が、地域の居場所づくりや子どもたちへのカウンセリングを精力的に続けている。理事長の中村住職、副理事長の串崎真志関西大学大学院教授を中心に、心理学の専門家らが理事となって運営。仏教と心理学が融合する場となっている。地域の子どもたちや生きづらさを抱えた人たちに向けて、中村住職は「何かあれば、とりあえずお寺に来てほしい」と話す。(松井里歩)
9月28日、上行寺で行われた「こどものてらこや」では、園児向けのひらがな教室の後、中村住職の妻、由紀子さんが担当するパステルアート教室があった。本堂にやってきた子どもたちは12人。「いつものお部屋だ!」と歓声を上げる〝常連〟もおり、並べられた机の周りに次々と座った。
パステルアートは、パステルから削った粉を画用紙に指で広げて描く。色を混ぜたり消しゴムで一部を消したりして、絵柄をつくり上げる。この日はハロウィーンの時期にちなんでお化けや黒猫の絵を描き、保護者も一緒になって熱中していた。
近くに住む小学3年の河野茉莉さん(8)は初めてのパステルアートに真剣に取り組み、「消しゴムを使って猫の形にしていくのが難しかった」と話した。
パステルアート教室を開く狙いについて、由紀子さんは「唯一無二のものを作れて失敗がなく、やり直せる。困難をしなやかに乗り越え、回復する力を高めることにつながる」と話す。
寺子屋ひゅっげは、中村住職の発案で2018(平成30)年1月に設立され、同5月から上行寺で活動を始めた。
ひゅっげはデンマーク語で「居心地がいい時間・空間」の意味。お寺で生まれ育ったことを感謝し、恵まれた環境であると感じていた中村住職が、お寺を居場所にした活動をしたいと考えたという。
同志社大学で当時関心のあった心理学を専攻した中村住職。お寺の将来を考える中で、いずれも関西大学の串崎教授と中田行重教授が執筆した『地域実践心理学』を読み、地域資源を使って住民同士が支え合っていくという内容がビジョンと合致した。串崎教授の下で学びたいと、関西大学大学院へ進学した。
在学中から大まかな構想を串崎教授に打ち明け、同じ思いを持っていた串崎教授が快く賛同してくれたこともあり、卒業後17年に住職となったのを機に、NPO法人の設立準備を始めたという。
活動は「こどものてらこや」のほか、子どもの発達や子育て、孤立などをテーマにした講演会を不定期で行っている。中村住職が実施する子どもの発達相談・検査、串崎教授によるカウンセリングなどもあり、最近はHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)=用語解説=の相談が多いという。
カウンセリングは月2回、オンラインと対面で行っており、予約が埋まっている状況だ。
現在の理事は中村住職を含めて9人。ほとんどが串崎ゼミの卒業生で、大学の准教授や公認心理師として活動している心理職のスペシャリストがそろう。
理事の一人でもある由紀子さんは卒業生ではないが、社会福祉士として働いており、地域の相談員やまちづくりにも携わってきた。中村住職と結婚する前から、お寺の活用法について相談に乗ってきたパートナーであり、違った角度から活動を支える。
また、別の形で活動に貢献しているのが、来年小学校に上がる息子の存在。「こどものてらこや」で開催しているひらがな教室も、息子に関する悩みから思いついたのだそうだ。由紀子さんは「『こどものてらこや』にも、息子のつながりで来てくれる人がいる。子どもの成長を見ながら、ニーズに合わせた活動を考えたい」と話す。
地域の中で講師になれそうな人を呼んでイベントを行ったり、学校へ行く前に朝ご飯を提供する子ども食堂や放課後の居場所づくりをしたり―と、中村住職と由紀子さんには多様な構想がある。「自分たちがしんどくならない範囲で、楽しいことを続けていけたら」。今後も専門性を生かした支援を、無理なく模索していく。
NPO法人寺子屋ひゅっげの副理事長を務め、中村住職の恩師でもある串崎真志関西大学大学院教授(心理学)は「宗教者と心理学者のコラボレーション」を目指して活動している。活動の経緯や意義を尋ねた。
串崎教授は2004(平成16)年に関西大学に赴任した。以前から地域支援に関心があり、心理学者による不登校の子らの居場所づくりなどを見学し、自分も活動してみたいと考えていたという。
08年には大学院に心理学研究科が設立され、社会人や留学生を含むさまざまな人が入学してきた。そんな串崎ゼミに、初期に入った一人が中村住職だった。
10年ごろには居場所づくりの構想が持ち上がり、次第にゼミ生の中で活動に向けた機運が高まった。中村住職を含め、卒業生は卒業後も教授の元を訪ねて、NPO法人の立ち上げに携わっていった。
活動は18年に不登校児のための居場所支援から始めたが、参加者数が思うように伸びず、その年のうちにワークショップなど単発での活動に転換した。地域の小中学校前でチラシを配るなどし、子どもたちが集まるようになったという。
子どもの居場所とは別にNPOの大きな柱となっているのが、串崎教授によるカウンセリング。コロナ禍でオンラインにも対応するようになったが、月1回はお寺の一室を使って行っている。「落ち着いた雰囲気が、カウンセリングには合っている」と、串崎教授は話す。
主に相談を受けるのが、HSPに関する悩みを抱えた人々だ。2010年代後半から日本でも知られるようになり、串崎教授は、人間関係に気を使いすぎて窮屈になっている時代の精神を反映しているものだと捉えている。
HSPは病気でも障害でもない。串崎教授は「繊細さを長所として生かせるようにすること、そして他の人にはできないユニークな生き方ができると思ってもらえれば」と、カウンセリングで伝えている。
寺子屋ひゅっげでは、宗教と心理学の専門家が協働している。串崎教授は「仏教をどこまで打ち出すかは考えなければならないが、宗教者と心理学者がコラボレートして、うまく活動できれば」と話している。
【用語解説】HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)
米国の心理学者が1996(平成8)年に提唱した概念で、「繊細さん」との呼び方でも知られる。生まれつきの気質を指し、病名や診断名ではないため治療法はない。「他人の気分に左右される」「大きな音で不快になる」など、感受性の強さから周囲に影響されやすく生きづらさを感じてきた人々から注目を集めている。子どもの場合はHSC(ハイリー・センシティブ・チャイルド)と呼ばれる。