2025年4月7日
※文化時報2025年1月21日号の掲載記事です。
奈良時代に起源を持つ京都市東山区の浄土宗金剛寺(中村徹信住職)で、コーヒーを片手に語り合う「おてらカフェ」が開かれている。月1回、水曜朝7時から始まる交流会で、緩やかに続けているうちに気付けば10年ほどになった。「朝活」というほど気負わず、仕事や用事の時間になったら途中で抜けるのは自由。朝のひととき、そこは単なるおしゃべりの場を超えた、お寺だからこその癒やしの場となっていた。(坂本由理)
昨年11月の開催日。午前7時にはすでに数人が集まっていた。参加費は500円。コーヒーを受け取り、コの字形に配置された長テーブルの好きな場所に座る。ふわふわのパンを手にあいさつをすると、初対面でも驚くほど自然に会話が始まる。
7時半、全員がお堂に移動。木魚をたたいて念仏を唱え、心を整えたらラジオ体操で目を覚ます。日によって講演や三味線体験、写仏体験など多彩なプログラムが用意されているが、決まりがあるわけではない。参加者がワークショップや講演をすることもある。何もなければただおしゃべりを楽しむだけの日もあり、悩み事を打ち明けてアドバイスをし合ったり、プライベートでつながりを持ったりと、交友関係が広がっていく。
カフェの発案者は、同市上京区でカフェ・ギャラリー「好文舍」を経営する宇野貴佳さん。「居場所づくり、町づくりをしたい」との思いから始めた。
東山区から助成金を得て場所を提供してくれる寺院を探していたとき、手を挙げたのが金剛寺。まさか10年も続くとは思わなかったが「力を入れすぎず、緩く活動してきたのが良かった」と話す。今では自坊の参考にしたいと、他のお寺から見学者が訪れることも。
お寺を居場所にする意義について宇野さんは「お参りする機会があること」だという。「月に1度でも南無阿弥陀仏を唱えていると、何かあったとき、心に南無阿弥陀仏が浮かんでくる。心に浮かべるものがあるというのは、いいものです」
右京区の女性は、金剛寺のカフェに参加するため、毎月仕事の半休を取るという。「職場には話す人が少ないが、ここへ来ると友達も増えるし、出勤前の時間が充実する。毎月楽しみ」と笑顔で語った。
山科区の女性は、2年ほど前に頸椎(けいつい)を圧迫骨折し、退職せざるを得なかった。心も体も傷つきふさぎ込んでいた時、支えになったのはおてらカフェで出会った仲間だった。
けがを負ったばかりの頃は、ほんの少しずつしか歩けず、ラジオ体操も眺めているだけだった。それでもおてらカフェに通ううち、徐々に歩幅が大きくなっていった。できることが増えていくたび、カフェの仲間が励まし、喜んでくれた。まだコルセットは外せないが、「苦しくてつらいとき、皆さんと阿弥陀様に助けられた」と女性はしみじみ語った。
おてらカフェに集まるのは毎回10〜15人で、午前7時に集まるにはいつもより早起きが必要な人がほとんど。それでも眠そうな顔も見せず、楽しそうな参加者たちの様子に、ただのカフェではなく、お寺に集う意義が分かった気がした。
金剛寺では、2019年から介護者カフェ=用語解説=を開いている。以前から地域に根差した社会福祉活動をしたいと考えていた中村徹信住職は「おてらカフェ」の盛況を見て、お寺でも人を集められると確信。東京で介護者カフェを運営していた下村達郎香念寺(東京都葛飾区)住職の講習を受けた。おてらカフェのノウハウを生かし、新聞やインターネットで募集すると、1回目はざっと60人が集まったという。
27回目となる昨年12月の介護者カフェでは、通常より少なめの9人が訪れた。会の初めに薬剤師と製薬会社の担当者が、冬場の健康管理と感染症対策について講演。参加者からは、普段から疑問に感じていた薬のことや保険の制度について次々と質問が挙がった。講演の後、参加者らは輪になり、介護の苦労や悩み、不満などを、リラックスした雰囲気の中で打ち明け合った。
両親の介護が終わった後、夫や弟の介護が始まったという2人の女性は「どうしていいか分からない。聞きたいことがたくさんあって、何もかもを払いのけて参加している」「このカフェが心の支え」と心情を吐露した。
カフェには介護者だけでなく、ボランティアや地域包括支援センターの職員など、家族を支える支援者たちも参加。それぞれの立場で適切なアドバイスを行っていた。
介護者カフェには、1回目から参加している人も少なくない。状況が変われば悩みも変化し、介護を終えた人でも「至らなかった」「十分に見てあげられなかった」との後悔は必ず抱えるものだという。
人に話すことで、その思いが軽くなる。中村住職は「結果や効果を求めると続かない。たとえ参加者が1人でも開催する。『あのお寺はそういう場だ』と認識してもらえるように、お寺は『場』をつくるだけでいい」と話す。
介護者カフェを通し、ケアを担う専門職の抱える問題も見えるようになった。
「お世話をしていた人の急な死を受け入れられず、苦しむ人も少なからずいる。そういったプロの方のみの場をいつかつくれたら」
【用語解説】介護者カフェ
在宅介護の介護者(ケアラー)らが集まり、悩みや疑問を自由に語り合うことで、分かち合いや情報交換をする場。「ケアラーズカフェ」とも呼ばれる。主にNPO法人や自治体などが行っているが、浄土宗もお寺での開催に取り組んでいる。孤立を防ぐ活動として注目される。