2025年7月3日
※文化時報2025年4月11日号の掲載記事です。
学校帰りの小学生が工作や鬼ごっこをして遊び、大人たちが好きな本を借りていく。それぞれ違うことをしているのに、同じ空間にいるのが心地いい。大阪府豊中市にある家庭文庫=用語解説=の「はんぶんぶんこ」には、そんな不思議な魅力が詰まっている。お寺や神社・教会にとっては、コミュニティーや居場所づくりの参考になるかもしれない。(主筆 小野木康雄)
「ただいま!」
勝手口から上がり込んだ小学生たちが「ランドセル重っ」「きょうは大人が多いな」と思ったままを口にして、すぐ興味ある遊びに取りかかった。帰宅後に自転車で来る子も加わり、がぜんにぎやかになる。
「はんぶんぶんこ」は、清元由美子さん(60)が毎週金曜に自宅の一室を開放している家庭文庫。表に看板を出し、六畳間に本棚を置いて、さまざまなジャンルの本を約千冊並べている。かがくいひろしの絵本や第172回芥川賞受賞作『ゲーテはすべてを言った』(鈴木結生著)、曹洞宗を開いた道元禅師による食事作法の書『典座(てんぞ)教訓』『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』の現代語訳もある。
もっとも、子どもたちは本を見向きもしない。隣にある公園は外遊びにもってこいだし、牛乳パックや空き箱、ストローなど工作の材料はたくさんある。最近は洗濯のりに水やホウ砂を混ぜ、食紅で色を付ける「スライム作り」がブームだ。
「元気に遊んでいるけど、中には安心して家にいられない子もいるから…」と清元さん。話の最中にも「ゆみさーん」「ゆみせんせー」と何度も呼ばれ、子どもたちの世話を焼いていた。
清元さんが「はんぶんぶんこ」を始めたのは長男、暁洋(あきひろ)さん(33)のことがあったからだ。暁洋さんは自閉症で重度の知的障害があり、就労継続支援B型事業所=用語解説=で紙すきの仕事をしている。
わが子の面倒を見られなくなる「親なきあと」に、暁洋さんが住み慣れた自宅で暮らし続けるためには、困ったときに頼れる人が近くにいることが欠かせない。そのためには、暁洋さんの存在を知ってもらうこと、近所の人たちが気軽に集まって互いを気にかける場所が必要になると、清元さんは考えた。
読書が好きで家に本があったため、開設する際に許可や届け出のいらない家庭文庫に着目。暁洋さんの恩師を介して地元の小学校へあいさつに行ったり、豊中市立図書館からサポートを受けたりして、徐々に協力者を増やしてきた。
オープンは2023年12月。表に「ごじゆうにおもちください」と本を並べたところ、好奇心旺盛な子どもたちの目に留まった。声を掛けると中に入り、置いていた折り紙を使って遊んでくれた。それ以来、「工作して遊べるところ」と認知されるようになったという。
「ここまでのカオス(混沌(こんとん))を許してくれる、ゆみさんがすごい。そのおかげで、子どもたちはトラブルを自分たちで解決するし、ここで過ごすルールも自分たちで決めている」
近くに住む宮本真央さん(43)は、息子で小学2年の幸風(ゆきかぜ)さん(7)が工作に熱中する様子を見ながら、そう語った。ルールは「『死ね』と言わない」「暴力はしない」などで、平仮名で書いて室内に張り出してある。
宮本さんが感じる「はんぶんぶんこ」の魅力は、子どもたちが学年や世代を超えて交流し、心の底から楽しそうにしていること。そして大人にとっても心地いいことだという。
実際に大人もよく訪れる。ボランティアスタッフの保育士、宮田ますみさん(67)と現代の保育所事情について語り合ったり、本を薦め合ったり。工作の材料を持ってきてくれる人もいる。
「私が何かを提供するのではなく、来た人が自分の好きなことをしてくれるのがうれしい」と清元さん。お寺や神社・教会も、居場所をつくろうと身構える必要はないのではないか、という。
「はんぶんぶんこ」の屋号には、完璧でなくていい、来た人と一緒に欠けていることを楽しみたい、という願いを込めている。「場所があって、誰かがいれば場ができる。私も声を掛けているぐらいで、実は何もしていませんから」。どこまでも自然体だ。
【用語解説】家庭文庫
個人が自宅を開放し、所蔵する本を貸し出す私設の図書室のこと。1957(昭和32)年に児童文学者・翻訳家の村岡花子らが結成した「家庭文庫研究会」で知られるようになり、地域の子どもたちに読書の場を提供する活動として、60年代に全国で盛んになった。近年は親子が安心して過ごせる場としても機能している。
【用語解説】就労継続支援B型事業所
一般企業で働くことが難しい障害者が、軽作業などを通じた就労の機会や訓練を受けられる福祉事業所。障害者総合支援法に基づいている。工賃が支払われるが、雇用契約を結ばないため、最低賃金は適用されない。