2023年4月17日
※文化時報2023年2月28日号の掲載記事です。
大阪市西区の浄土真宗本願寺派正福寺が月1回開く寺カフェ「シャラナム」が、高齢者の孤立予防につながっているとして注目されている。西区社会福祉協議会からの依頼で5年前、高齢者や認知症の人が気軽に立ち寄れる居場所として開いて以降、住民の持ち込み企画や住職の仏教談話会など多彩な催しで活性化してきた。須原正好住職(59)は「お寺にいるだけでは机上の空論だけで終わる。いろいろな人との出会いによって、知るべきことや行うべきことが見えてくる」と話す。(大橋学修)
自由参加の催し続々
「この映画で2人は結婚したんやな」「久しぶりに見たわ」。勝新太郎と中村玉緒が出演する映画『関の弥太っぺ』(1959年、大映)の上映会が2019(平成31)年2月5日、「シャラナム」で行われた。映画撮影技士の持ち込み企画だ。
別の日に写経を行った時は、50代女性が「一度、やってみたかった」と飛び入り参加。その後も毎回訪れるようになり、いつの間にかスタッフとしてポスター制作などを買って出ている。
こうして誰でも自由に参加できる催しを開くと、お寺で手作りアートのワークショップや音楽の演奏会をしたいという人たちが、口コミで殺到。順番待ちになったという。
元々は、高齢者や認知症の人をターゲットにしていた。
坊守の悦子さん(57)が18年3月、相談員として勤務していた西区社会福祉協議会を退職する際、「ひきこもりになりがちな高齢者や認知症の人が立ち寄れる場所を、お寺に設けないか」と打診された。
市の「認知症カフェ等運営支援事業」を活用し、同年6月に第1回を開催。西区社協のスタッフが、同じ建物に入居するデイサービスセンターの利用者に声を掛けたことで、10人ほどが集まった。
ここから規模が拡大していく背景にあったのが、仏事相談だった。
うだうだ話す遊び場
シャラナムは、サンスクリット語で「休憩地」の意味。人が集い、おしゃべりを楽しむ井戸端会議のような場づくりを目指して名付けられた。
常連の参加者が感じているシャラナムの魅力は、まさに催しとともに行う座談会の方で、お茶とお菓子を味わいながら、よもやま話に花を咲かせている。
「来てもらって、お茶を飲んで、うだうだと話す。お寺を、くつろぐ場や遊び場として感じてもらえるようにしている」。須原住職は話す。
須原住職は、教えを伝えようとしないことを基本スタンスにしている。それでもお寺で開催しているだけに、仏事の質問は日常的に飛び交う。交流が進むうちに、お盆の棚経に来てほしいと頼む人も現れた。
正福寺は、1494(明応3)年に摂津国須磨村(現在の神戸市須磨区)で創建され、後に大阪市内に移転。1945(昭和20)年3月13日の大阪大空襲で焼失し、現在地に再建された。戦前までお寺を支えた門信徒の大部分は空襲で自宅を失い、大阪市内から離れたことで、正福寺は地域住民との関係性が薄いお寺になった。
須原住職は94(平成6)年6月、勤務していた本願寺派宗務所を退職し、悦子さんの父から住職を継承。地域の人々との交流の必要性を強く感じていたという。
毎月第1火曜に開くシャラナムが、戦争によって壊された地縁を再生する取り組みになっている。須原住職は「参加してくれた人が宣伝マンとなり、その中からスタッフになってくれる人もいる。そうなるためには、住職が聴く耳を持つことが一番大切」と話した。
チームで困り事に対処
正福寺は、高齢者が安心して暮らせる地域づくりにも取り組もうとしている。
今年1月、民生委員を務めている悦子さんが、独り暮らしの高齢女性宅を訪ねた際、「1年でお正月ほど寂しい時はない」と言われた。それを聞いた須原住職は、来年の正月にいろいろな人が集まっておせち料理を食べる「おせちの日」を開こうと考え始めた。
「死の次につらいのは孤独。独居の方のお正月まで、気が回らなかった」
支援には、スピード感が求められると考えている。「必要な時に、必要なことをしなければ意味がない」。年齢を重ねると体が衰えるのも早く、困り事に応じようと支援の形を整えた時には、すでに手遅れとなっていることもあるからだ。
そんな課題を解決しようと、医療、介護、法律、工務店、生前整理業者など、あらゆる専門家とチームを組み、必要に応じて迅速に支援する体制を整えようとしている。シャラナムで地域の高齢者が和む居場所づくりを行いながら、助けが必要となった際にそれぞれの専門家へつなぐことを想定している。
お寺を地域の拠点として機能させた先に見据えるのが、仏教に触れてもらう機会だ。須原住職は言う。
「老いを受け止め、自分らしい生き方、死に方ができるよう、仏教的な考え方を源流にしてほしい。お寺が命のありように立ち戻る場になれば」