2023年6月14日 | 2023年6月15日更新
※文化時報2023年5月2日号の掲載記事です。
ケアに携わる人々が人間性や精神性を高めなければ、より深いケアはできないのではないか。そんな問題意識の下、カトリック修道女(シスター)で上智大学グリーフケア研究所名誉所長の髙木慶子氏(86)が、一般社団法人「全人力を磨く研究所」(神戸市須磨区)を設立した。三十数年来携わってきたスピリチュアルケア=用語解説=に関する「最後の仕事」と自らを奮い立たせ、宗教者にも参加を呼び掛けている。(主筆 小野木康雄)
全人力は身体面、精神面、社会面、スピリチュアルな面で構成される能力。同研究所は、人は皆ダイヤモンドの原石のような全人力を備えているとして、それぞれが気付き、磨くことを活動の目的としている。その結果、一人一人が自己充足感と思いやりを持ち、社会全体が平和になると捉えている。
理事長は髙木氏が務めており、会員はすでに100人を超えている。
4月18日には開所記念鼎談(ていだん)をオンラインで行った。医師で作家の鎌田實氏、「夜回り先生」として青少年の非行防止に取り組む水谷修氏、髙木氏の3人が約1時間半にわたって語り合った。鎌田氏と水谷氏は利他や自己肯定感、自己決定力について持論を述べ、忖度(そんたく)なしの激論を交わした。
第2回以降は対談とし、6月20日まで計5回開催する。登壇者は、東京大学名誉教授の島薗進氏、故・坂本九氏の長女でシンガーソングライターの大島花子氏、将棋棋士の加藤一二三氏、ノンフィクション作家の柳田邦男氏。今年度は同様のセミナーを全4シリーズ開く。
セミナーでは、さまざまな分野で全人力を発揮する第一人者から、どのように能力に気付き、磨くかのヒントを得る。
年会費個人3千円、法人1口1万円(2口以上)。問い合わせは全人力を磨く研究所(078―855―8666)。
髙木慶子氏は30年以上前から、終末期医療の現場を中心にスピリチュアルケアやグリーフ(悲嘆)ケアに携わってきた。2005(平成17)年のJR福知山線脱線事故では、被害者のみならず、加害企業であるJR西日本の社員のケアにも当たった。
07年には聖路加国際病院(東京都中央区)の名誉院長だった故・日野原重明氏らと共に、日本スピリチュアルケア学会を設立。医療、福祉、教育関係者や宗教者らと共に、ケアの理論と実践を追求してきた。
全人力を磨く研究所は、そうしたケアに携わる人々のためにつくった。「相手を理解するためには、自分の能力に気付く必要がある。そうすれば、より深い所で共感できる」
宗教者には「自分が何のために宗教家になったのか、気付かなければならない」と説く。祈ることで神の恵みや仏の慈悲を頂き、日々の生活で人徳や品格が育まれるのに、多くは自分が聖なるものに頭を垂れる存在であることに気付いていないという。
「宗教家にとって大切なのはdoing(何をするか)ではなくbeing(どうあるべきか)。自分のあらゆる言葉や行いに、信仰は現れているのです」
シスターとして常に修道服を着る髙木氏にとって、最近は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題を受け、人々の目が露骨に厳しくなったと実感している。「それでも人々が何かを感じ取ってくださるかどうかを、私は自分の課題としています」と話している。
【用語解説】スピリチュアルケア
人生の不条理や死への恐怖など、命にまつわる根源的な苦痛(スピリチュアルペイン)を和らげるケア。傾聴を基本に行う。緩和ケアなどで重視されている。