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コンパッションに注目 医療・宗教者ら学ぶ

2024年1月1日

※文化時報2023年11月21日号の掲載記事です。

 スピリチュアルケア=用語解説=について学びを深める日本スピリチュアルケア学会の学術大会が4、5の両日、愛知学院大学名城公園キャンパス(名古屋市北区)で開かれた。慈悲や思いやりと訳される「コンパッション」をテーマに、緩和医療などの視点から、スピリチュアルケアについて考えを深めた。(松井里歩)

コンパッションとスピリチュアルケアを語る登壇者ら
コンパッションとスピリチュアルケアを語る登壇者ら

 1日目はパネルや一般の研究発表が行われ、2日目には、医療法人徳養会(岐阜県大垣市)理事長で真宗大谷派僧侶の沼口諭氏が「医師・僧侶の視点でスピリチュアルケアを考える~多職種連携による『いのちのケア』に取り組んで」と題して講演した。

 沼口氏は、理事長を務めるメディカルシェアハウス「アミターバ」で臨床宗教師=用語解説=を常駐させていることや、隣接する自坊で宗教的支援を行った事例を紹介した。

 公開シンポジウムは「コンパッションとスピリチュアルケア」と題し、チャプレン=用語解説=や緩和ケア医、僧侶らが現場での経験や自身の考えを交え、コンパッションがどのような働きをするのかについて、スピリチュアルケアとの関係からひもといた。

 公開シンポジウムの登壇者の発言要旨は左記の通り。

まず自分に優しく
愛知学院大学文学部宗教文化学科教授 伊藤雅之氏

伊藤雅之氏
伊藤雅之氏

 宗教社会学と、ヨガや瞑想(めいそう)の実践者という立場を持つ私からは、現代的なコンパッションの実践形態を紹介していきたい。

 ベトナム人の禅僧ティク・ナット・ハン氏は、自己への慈悲を祈り唱える「愛の瞑想」などを提唱している。自己の次には愛する人、自分を苦しめる人、そして生きとし生けるものに対して言葉をかけるという。この思想からも、現代におけるコンパッションの広がりを考える上で欠かせない人物といえる。

 コンパッションの新しい展開としては「セルフ・コンパッション」に注目したい。

 セルフ・コンパッションの技法の中には、両手を胸に当てたり、自分で自分を優しくハグしたりする「スージングタッチ」がある。心の中で、自分に対する慈悲の言葉をかけながら体を優しく触ることで、ウェルビーイング指数が継続的に上がったという研究結果もある。

GRACEが有効
緩和ケア医・昭和大学医学部医学教育学講座客員教授 髙宮有介氏

髙宮有介氏
髙宮有介氏

 ケアに必要なのはスキルではなく在り方だ。死にゆく人とどう向き合うかという点で、「GRACE」というプログラムは全ての人に有効だ。

 GRACEは「G―注意を集中させる」「R―意図を思い起こす」「A―自分の身体や感情に意識を合わせてから相手に意識を合わせる」「C―最も適切な行動は何かを見極める」「E―関与し、終わりにする」―で構成されている。

 創始者のジョアン・ハリファックス師は「共感とコンパッションは違う」と話す。コンパッションは疲労せず、伝染するもので、利他性・共感・誠実・敬意・関与という五つの資質があるのだという。これらを育むことでコンパッションが生まれ、GRACEの実践によってさらに磨かれる。

 コンパッションは、私たちの誰もが持っている身近な感情といえるのではないだろうか。

苦しみは呼応する
愛染橋病院チャプレン 中井珠惠氏

中井珠惠氏
中井珠惠氏

 コンパッションの訳語の一つに「共感」がある。臨床現場を経験していると、目の前で語る患者の苦しみと、以前出会った自分の心の中の患者との苦しみが呼応することがある。

 「早く逝きたい。でも、腹は減るだろ」と言った病床のAさんの言葉を聞いて、以前出会った患者Bさんが「ご飯がおいしくて」と満面の笑みで言う姿が浮かんだ。死を目前にした患者がその思いを理解し、聞いてくれたと思えた。その響きを感じることでまた、自分は目の前の患者とつながれたように思う。

 ギリシャ語に「スプランクニゾマイ」という単語がある。はらわたがちぎれるような思い、深い哀れみという意味で、コンパッションと通じるところがある。コンパッションは厳しいものでも苦しいものでもない。自分は無力でも、いくつもの思いが、そばで揺れているように感じる。

「調自・調場・調他」を
曹洞宗崇禅寺住職・上智大学グリーフケア研究所客員所員 西岡秀爾氏

西岡秀爾氏
西岡秀爾氏

 私はコンパッションを抜苦与楽だと考えており、他者だけでなく自己も対象になると捉えている。

 遺族会や傾聴などの現場においては、自己を整える「調自(セルフ・コンパッション)」によって、ゆったりとした気持ちで場を開く「調場」ができるようになり、その場にいる他者と共にいる「調他(コンパッション)」につながっていく。コンパッションを実践するにあたり、この「調自・調場・調他」の三つの概念を提唱したい。

 「調自」した状態であれば「調場」がしやすくなる。そこでは、「何かしなければ、何かしよう」と考えるDo(する)モードから離れ、できなくても無力でもいいBe(ある)モードへと移り変わる。自他ともにBeモードのまま、その場に心身を委ね、調自と調他ができた状態が、相互のスピリチュアルケアだと言えるのではないだろうか。

少女にも備わるもの
岐阜協立大学看護学部教授 安田裕子氏

安田裕子氏
安田裕子氏

 病院で看護師として勤務していた頃、ロシア人の12歳の少年が入院してきた。予後不良の遺伝性呼吸器疾患を持っており、非常に苦しそうな様子だった。四つんばいになって苦しむ彼の姿を見た時、足がすくみ、この場から逃げ出したい恐怖や無力感に襲われたことを覚えている。

 看護師、助産師を経た私は「助死師」もあればいいのではないかと思いついた。実はその言葉は、淀川キリスト教病院元理事長の柏木哲夫氏の著書の中にあり、それこそがスピリチュアルケアとの出会いだった。

 緩和ケアに携わった看護師の水野敏子氏は看護学生の頃、口唇・口蓋(こうがい)裂児の誕生に立ち会った。新生児室の宿直担当だった彼女は、純粋な思いでどうにか小さな命をつなごうと、スプーンで白湯(さゆ)を飲ませた。そうした状況に置かれた少女にも、コンパッションは備わっている。

 

【用語解説】スピリチュアルケア

 人生の不条理や死への恐怖など、命にまつわる根源的な苦痛(スピリチュアルペイン)を和らげるケア。傾聴を基本に行う。緩和ケアなどで重視されている。

【用語解説】臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし=宗教全般)

 被災者やがん患者らの悲嘆を和らげる宗教者の専門職。布教や勧誘を行わず傾聴を通じて相手の気持ちに寄り添う。2012年に東北大学大学院で養成が始まり、18年に一般社団法人日本臨床宗教師会の認定資格になった。認定者数は23年5月現在で212人。

【用語解説】チャプレン(宗教全般)

 主にキリスト教で、教会以外の施設・団体で心のケアに当たる聖職者。仏教僧侶などほかの宗教者にも使われる。日本では主に病院で活動しており、海外には学校や軍隊などで働く聖職者もいる。

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