2024年9月15日 | 2024年9月17日更新
※文化時報2024年7月5日号の掲載記事です。
神戸の街中から少し外れた住宅地に、ペット霊園を構えるお寺がある。浄土宗藤之寺(望月昭成住職、神戸市兵庫区)。寺の娘として生まれた谷口花織さん(60)が夫で副住職の充徳さん(62)と共に、境内でペット供養や寺カフェを行っている。飼い主たちが訪れる環境を整えることで、近隣だけでなく、お寺の中にも変化をもたらしている。(松井里歩)
ペット供養は、臨済宗慈恵院(東京都府中市)が1921(大正10)年に開園した多摩犬猫霊園や、浄土宗淨眞寺(東京都世田谷区)が48(昭和23)年に始めたペット霊園などをきっかけに、全国に広まった。現在では取り組む寺院も少なくない。
谷口さん夫妻がペット供養を始めたのは、2017(平成29)年。わが子のようにかわいがる人が増えている中、自身も犬を飼っている身として、動物を人間と平等な命として扱いたいと考えた。
事業は寺院主体ではなく、花織さんが株式会社寺花屋を起業して行っている。ペット葬儀と動物霊園に関する事業「オリーブツリーペットセメタリー」や、花織さんが講師を務めるフラワーアレンジメント教室も手掛けている。
ペットの葬儀は主に充徳さんが担当。家族同伴の下、人とほとんど同じ形で行い、骨まで拾ってもらう。納骨は、飼い主がお参りに来られなくなった時のことを考え、合同慰霊碑にこだわった。これまでに犬や猫だけでなく、ハムスターやインコなども火葬・納骨したという。ペットが生まれ変われるようにとの願いで底を土にしているが、中にはお骨を大切に持ち歩く人もいるそうだ。
火葬についての基準は厳しく、「神戸市ペット動物火葬施設設置に関する指導要綱」では、施設を作る場合には周囲100メートル以内に住む住民の同意を得るか、住居のない場所を選ばなければならない。
さらに、業者の多くは、目立たないように火葬車を使い、山や海、コインパーキングなど人目の少ない場所へ行ってから火葬するのだという。ペットにとって縁のない場所で、隠れるように火葬することに疑問を感じた花織さんは、昨年火葬車を購入すると、あえてかわいらしいラッピングを施し、オープンな雰囲気で火葬できるようにした。
境内で使うことが多いものの、時には依頼者の自宅前に来てほしいとお願いされることもある。
花織さんは「通りがかった時に『焼いているんだな』と、手を合わせられるようなまちになれば」と願う。
藤之寺は室町時代の1447(文安4)年開基。もとは真言宗の寺院であったが、浄土宗の宗祖法然上人が四国へ流刑になった際、近辺で港として栄えた兵庫津から海を渡っていたことから、浄土宗信者の信仰を集めて改宗に至った。数代前の住職だった望月信亨氏は、総本山知恩院第82世門跡を務めるなど、由緒ある寺院として知られている。
花織さんは、そんな藤之寺に生まれたが、父からは必要がなければお寺に関わらないようにと言われて育った。外へ嫁ぐものと思っていたが、充徳さんと結婚して居住地を決めるにあたり、実家に戻ってくることになったという。
お寺で生活を再スタートさせた時、花織さんは「もっと人を呼びたい」という思いになった。フラワーアレンジメントの講師という立場を生かし、本堂を教室として使いたいという段階から、少しずつ父や現住職の弟に許可を得ていった。
ペット供養については、当初は檀家から反対があった。由緒あるお寺だけに「畜生のことをやるなんて」との声も聞こえたが、会社として母体を別にすれば批判は軽減されるのではと考えた。花織さんは「実際にできてしまえば、それ以上反対してくる人はいなかった」と振り返る。
敷居の低いお寺にしたいとの思いを持ち続け、かねてより考えていた寺カフェも2年前からスタート。月2回、平日と日曜に開催している。このために学校へ行って喫茶店を開けるほど勉強したという充徳さんが、コーヒーをいれてくれる。
土足で入ることのできる本堂は、ペット同伴でも気楽に入りやすい空間になっており、飼い主らはペットのすぐそばで一緒にコーヒーを楽しんでいる。
家族葬が主流になってきている現代において、藤之寺で行っているペットの葬儀では、初めて参列する子どもや若い家族が比較的多いという。身近な存在を亡くし、命について考える機会になっているようだ。
依頼する人は「お寺だからしっかりしている」「いい口コミが多い」という理由で来るらしく、飼い主からの評価は高い。いい葬儀だったと感謝されることが、一番のやりがいにつながっていると、2人は口をそろえる。
活動を通して、お寺の中にも変化が見られた。厳格な父が、動画投稿サイト「ユーチューブ」で兵庫津エリアを紹介する取材が来た際に快く応じ、出演したのだという。花織さんは「根本のところが変わらなければ、お寺にいろいろなことができると分かったのでは」と話す。
充徳さんは「いずれはライブなどもやってみたい。気軽に入ってきてもらえるお寺になれば」。人も動物も共に過ごせるお寺づくりを続けていく。