2024年9月18日
※文化時報2024年7月19日号の掲載記事です。
障害のある人への人権侵害にとどまらない。明白な命の選別があったことを、私たち一人一人が負の歴史として記憶に刻み込む必要がある。
旧優生保護法の下で不妊手術を強制されたのは憲法違反として、障害のある人たちが国に損害賠償を求めた5件の訴訟の上告審で、最高裁大法廷は3日、旧法を違憲と判断し、国に賠償を命じるなどの判決を言い渡した。
法曹界が注目したのは、不法行為から20年たつと損害賠償請求権が消滅するという「除斥期間」に関する判例変更だった。他の訴訟に影響することを鑑みれば当然ではあるが、宗教界は異なる視点を持たなければならない。
旧法は「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的に、日本国憲法施行後の1948(昭和23)年に制定された。英国の学者が19世紀後半に命名した優生学に基づき、「人種改良」などを目指す欧米の政策に沿った法律だった。母体保護法へ改正される96(平成8)年までの48年間、強制不妊に関する条項は残り、2万4993件もの不妊手術が行われた。
先祖から子孫へと受け継がれる命のバトンを、人間が制御し、まだ見ぬ命を断ち切る。それを、十分な意思表示ができない知的障害のある人たちに強いる―。一連の問題のおぞましさは、命の選別という不遜な行為はもちろん、それ自体を法律で許した点にある。
最高裁判決は、憲法13条の保障する「自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由」に、旧法が違反しているとみなした。強制だけでなく不妊手術に同意を求めたことも、個人の尊厳と人格の尊重の精神に反して許されないと断じた。
合わせて法の下の平等を定めた憲法14条にも違反するとし、特定の障害のある人たちを不妊手術の対象者と定めることは差別的取り扱いに当たると判示した。差別と決別するには、線引きの線は揺らぎ得るものであり、何かの拍子に自分も差別される側に回るという想像力を持つ必要がある。
改めて、問い直さねばならないだろう。2016(平成28)年に起きた相模原障害者施設殺傷事件=用語解説=は、優生思想に基づく凶行だった。これに対し、断固として「NO」と言える明確な論拠を、社会は持ち合わせているだろうか。
あるいは、新型出生前診断(NIPT)=用語解説=もまた、命の選別に通じている。特定の障害のある人に、まるで生まれてこない方が良かったと告げるかのような検査である。これを容認する社会は、いまだ旧法と優生思想の呪縛にとらわれているのではないか。
今回の最高裁判決で、弁護士出身の草野耕一裁判官は、補足意見として、旧法が衆参両院で全会一致の決議を経て成立した過去に触れ「違憲であることが明白でも、異なる時代や環境の下では誰もが合憲と信じて疑わないことがあると示唆している」と述べた。
内なる心に潜む闇を直視し、対峙(たいじ)し続けなければ、いつ再び旧法のような悪法を生み出さないとは限らない。だからこそ、宗教者を含め、私たち一人一人がこの判決を重く受け止めることが求められている。
【用語解説】相模原障害者施設殺傷事件
2016(平成28)年7月26日未明、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員の植松聖死刑囚が入所者19人を刺殺し、他の入所者24人と職員2人に重軽傷を負わせた。植松死刑囚は事件前から障害者を差別する発言を繰り返していたとされる。20年3月に横浜地裁で死刑判決が言い渡され、植松死刑囚は自ら控訴を取り下げて確定。22年4月に再審請求を行った。
【用語解説】新型出生前診断(NIPT)
妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる手段。日本ではダウン症など3種の疾患を対象に、2013(平成25)年に始まった。受診前後の「遺伝カウンセリング」や正確な情報提供を行うため、日本医学会が400超の医療機関を実施施設として認証している。産婦人科医のいない非認証施設でも検査が行われていることや、障害・疾患への偏見を助長する可能性があることなどが問題となっている。