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「文化時報」コラム

〈91〉自分で動いて生きる

2025年10月24日

※文化時報2025年8月29日号の掲載記事です。

 もし自分の命があと3カ月だとしたら、その時間をどう過ごすか、具体的に思い描けるでしょうか。もちろん、死に方というのは百人百様ですし、選ぶこともできません。だから、考えても仕方がないと、実は私もそう思う方でした。

傾聴ーいのちの叫び

 でも、仕事柄、多くの方の「あと3カ月」(振り返ってみて「実はあの時がそうだったのだ」と気付くことも多々あります)を拝見し、「看取(みと)りの家(仮称)」を建てたいと思うようになりました。

 病院や施設ではなく家にいたいけれど、一人暮らしは難しく、あきらめた方。

 緩和ケア病棟に入ったものの、入院費が高額でいつも貯金残高を気にしていた方。

 施設でも病院でも、結局は自室で孤独をかみしめていた方。

 もちろん、世の中には、素晴らしい施設や病院がたくさんあって、スタッフの皆さまが心からのケアを展開されていることを知っています。そこで、幸せに最期の時間を過ごされた方のお姿もたくさん拝見してきました。

 でも、中には、最期まで「生活」することを望んでいた方もいらっしゃいました。

 生活するのと施設や病院に入るのとは同じではないことなど、皆さまとうにご承知でしょう。極端に言えば、前者は「自分で動いて生きる」ことであり、後者は「自分は動かずに生きる」ことです。

 それは、日常生活動作のことだけを言っているのではありません。むしろ、日常生活のあれこれなどは、大いに周りに手伝ってもらえばよいと思っています。

 大事なのは心です。心を動かして生きているか。「お昼ご飯は何を食べよう」「今日は何を着よう」「明日は何をしよう」。たとえ体は病や老いを抱え自由に動かずとも、心までも動きを止める必要はありません。「生活する」というのは、心が動いていることです。

 「看取りの家」。そこにいるのは、ケアをする人とケアをされる人ではなく、一緒に心を動かし合う人。そんな家を建てるため、日々試行錯誤しています。どうか、良いお知恵をお授けください。

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