2025年8月24日
以前取材した埼玉県飯能市のがんカフェ「ほっこりカフェ」。月に1度開催され、がんと診断された人やその家族の支えになっている。2023年12月に福祉仏教for believeに記事が掲載されてから1年余りたち、筆者の父親ががんと診断されたことで、私は初めて「がん家族」という立場でカフェを訪れた。自分は何を思うのだろうか、と考えながら。(飯塚まりな)
「がんになった」。父が突然そう告げたのは、70歳になる誕生日前日の今年3月31日のことだった。筆者は信じられない気持ちでいっぱいになった。
現在も週5日、仕事をしている父親は、はた目に見ても周りの同世代より元気な方だ。しかし、ここ最近の食欲不振や疲れやすさが、老化だけの問題ではなかったことが明らかになった。
日々、さまざまな障害や病気と向き合う方々の取材を続けてきたが、いざ自分の身に降りかかると、いかに人ごとだったかと思い知る。

動揺した筆者が最初にしたのは、かつて取材した看護師の磯辺恭子さん(53)に連絡を取ることだった。一般社団法人がんサポートナースで研修を受けた磯辺さんに、通院している病院や今後の治療法、医療費用について相談に乗ってもらった。
「よかったら、ほっこりカフェに来てくださいね」と誘っていただいた。磯辺さんはほっこりカフェの主宰者でもある。
「まさか私もお世話になる日が来るとは」。ネガティブな思いになりつつも、6月7日に開催場所の飯能市南高麗福祉センターを訪れた。
山と畑に囲まれたセンターに着いた瞬間、空を見上げた。「心のケアにとてもいい場所だ」という印象を持った。

ほっこりカフェの開かれている部屋の扉を開けると、健康教室の講師による30分間の「のどトレーニング」が行われていて、和やかな雰囲気だった。
筆者の顔を見るなり、磯辺さんは「来てくれてよかった」と笑顔で迎えてくれた。この日の参加者は男性Aさんと筆者の2人のみ。普段は5〜10人ほど集まることもあるという。
カフェを開催する際は毎回、懇談や相談だけでなく、レクの時間も取り入れているという。笑いヨガや色彩カードなどを通じて、参加者が互いの魅力や印象を伝え合うなどして、気分が上がるような時間をつくっている。

「梅雨の時期は呼吸が浅くなりやすいから、今回は椅子に座ってできる体操はないかと、講師にお願いしたんです」。磯辺さんはそのつど、訪れる人のことを思いながらレクの内容を提案している。
おかげで心なしか声が出やすくなり、レクの後はお茶や和菓子をいただきながら、Aさんの話を聞いた。
Aさんは現在、がんの治療中。抗がん剤を打ちながら自宅で療養している。仕事を休職し、好きだったスポーツや食べ物を制限しながら、質素な生活を送っている。
一時は抗がん剤で髪の毛が抜け落ちた。「黒い髪から抜けていき、生きる希望を失いかけた」と、心身が追い詰められていた時期もあった。再び髪の毛が生え、理髪店に行って「髪をすいといたよ」と言われた際には、「もう一度頑張ろう」と前向きになれたという。
一方、働けなくなったことで、医療費が大きな経済的負担になっている。生活費に余裕はない。人の目を気にして、気持ちを悟られないよう必死に自分自身を保っている。
磯辺さんと知り合ったのは、がんの発症からしばらくたったころだった。知り合いからほっこりカフェのパンフレットをもらい、興味を持った。以降、できる限り参加し、周囲と会話しながらリラックスした時間を過ごしている。

「がんになって、生活だけでなく考え方が変わった。自分より大変な状態にある人もいるし、電車の中で体が弱い人がいることに気が付くようになった」。Aさんはそう語った。
職場に顔を出すと、上司から「前よりも性格が丸くなった」と言われたという。
今は生活の知恵として、見つけた野草が食べられるかどうかを調べることを日課にしている。できる範囲で節約しながら、自身の体調と向き合う毎日。筆者も薬膳を学びたかったので、ネット検索の方法を教えてもらい、何げない会話で盛り上がった。
今回はご本人に許可をいただいたので聞いた話を書いているが、がんカフェでは基本的に、会話の内容は口外してはならないことになっている。
ほっこりカフェでは、個人の症状や家庭の事情などは詮索しない。あくまで本人が話したいことを話せる場所。ただただ安心して過ごせる居場所であることが、磯辺さんの願いだ。
中には「髪の毛が抜けちゃった」と言って、人前で初めてウィッグを外す人もいるという。磯辺さんたちは「そうなの」と応じて、それ以上のことは尋ねない。
がん患者には本人にしか分からない葛藤があることを、磯辺さんは母親のがんを通して痛いほど知っている。だからこそあえて何も言わず、寄り添う。
磯辺さんと共にほっこりカフェを運営する看護師の宮本幸子さん(44)は「ここは相手の思いや自分のことを振り返れる場所。羽を休めて、また日常に帰ることができる」と語った。

がんカフェは、がん患者や家族だけでなく、運営する側の看護師たちも日頃の気持ちを整理する貴重なひとときなのだと感じた。病気の有無に関係なく、現代人にはこのような時間が必要だと感じる。
何より、磯辺さんが明るかった。決して押し付けがましくなく、ポジティブな言葉で背中を押してもらえた。
筆者の父の闘病生活は始まったばかり。抗がん剤のつらさに耐えている姿を見ると、不安な気持ちをかき立てられる。
だが、磯辺さんたちのような看護師が寄り添ってくれると思うだけで、心強く感じる。こうした出会いが、患者や家族にどれほどの支えになるのか、改めて考えさせられた。
気が付けば、いつもより穏やかな表情で自宅に帰れた。いい出会いに感謝したい。
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