2026年2月4日
※文化時報2025年12月12日号の掲載記事です。
メディカルアロマセラピストの佐竹美和さん(60)=京都市右京区=は、植物由来のアロマオイルを使って、医療施設などで過ごす人々の精神的苦痛を和らげている。大腸がんになった娘の芳織(かおり)さん=当時(29)=が2023年2月に亡くなるまで、香りで支えたことが活動を始めたきっかけだった。「脳に直接働きかけるのがアロマセラピー。身の置きどころのないつらさを緩和できる」と話す。(大橋学修)

佐竹さんは、服飾デザイナーや衣料品販売の仕事を経て、2001(平成13)年に友人の誘いで結婚相談所の立ち上げに加わった。当初の業績は順調で、学校教員を目指しながらも教育現場の現状に幻滅していた娘の芳織さんも同じ会社で働くようになった。
ところが、会員制交流サイト(SNS)に投稿された誹謗(ひぼう)中傷をきっかけに、会員数が大幅減少。事業譲渡を余儀なくされた。
佐竹さんは19年8月に退職し、自ら結婚相談所を設立することを決意。事業を安定させて芳織さんを呼び寄せようとした。
そのころから芳織さんが体調不良を訴えるようになっていた。11月、ステージ4の大腸がんと診断され、医師から余命2カ月と宣告された。
芳織さんの病気を知った知人から、毎日のように連絡が来るようになった。ネットワークビジネスで扱うサプリメントや健康食品などの勧誘目的だった。
あるときは、誘われて訪問した先が宗教団体の集まりだった。半ば軟禁状態になり、「必ず治るから」と高額な寄付を求められ、消費者金融での借り入れまで迫られた。かばんを取り上げられそうになったところで大声を出し、何とか脱出することができた。
抗がん剤が効果を発揮し、手術できる程度にまで体力が回復。20年6月に手術を受け、執刀した医師は「見える限りのものは全て取った」と伝えた。
だが、21年1月に再発。そこからは、耐性を持ったがん細胞に対抗して抗がん剤を組み替えたり、副作用で中止したりの繰り返しだった。
2人が行き詰まりを感じていたとき、ふと佐竹さんの頭の中に「宮古島」という言葉が浮かんだ。治療を一時中断し、沖縄・宮古島に一軒家を借りて40日間を共に過ごした。

芳織さんは定期的に熱痙攣(けいれん)を起こし、佐竹さんにとっては緊張の毎日だった。一方、芳織さんは大自然の中でリラックスしていた。佐竹さんは「今から思えば、あのときが本人にとって一番よかった時期だったと思う」と振り返る。
宮古島での生活を終え、地元に戻った後に行った検査では、病巣が大きくなっていた。主治医の提案に従い、未承認薬の治験に踏み切った。
希望者のうち処方されるのは1~2割という狭き門を通過したが、高額な準備金を投じても快方に向かわなかった。
そのころから、芳織さんは入退院を繰り返すようになった。コロナ下で見舞いを制限される中、22年9月に緩和ケア病棟に移ることを勧められた。そこからは、自宅で療養することにした。
人工肛門はたびたび不具合が起こり、臭いがもれた。モルヒネなどで痛みをまひさせることはできても、病巣が体をむしばむつらさは避けられなかった。
佐竹さんは、趣味だったアロマを学び直し、状況に応じて香りを使い分けることで、少しでも気が紛れるようにした。

すると、芳織さんの気持ちが落ち着き、眠れるようにもなった。佐竹さんは「クオリティオブライフ(QOL)=用語解説=が上がった。本当にいい時間を過ごすことができた」と話す。
23年2月22日に息を引き取るまで、芳織さんは、バギータイプの車いすに乗ってディズニーランドや観劇などに外出。点滴のチューブをぶら下げながら、約1.8キロも歩いたことがあった。
佐竹さんは、自分のグリーフ(悲嘆)ケアも兼ねて人にアロマを教えるようになった。「さまざまな不調に悩む人の役に立ちたいと思うようになった。一休禅師が紹介された香十徳=用語解説=では、香りが心に及ぼす作用を示している。認知症予防やうつ症状の改善などにも役立つことを知ってほしい」と話している。
【用語解説】クオリティオブライフ(Quality of Life=QOL)
主に医療・福祉分野で、延命や治療に偏らず、その人らしい生き方ができるよう支える考え方。「生活の質」「人生の質」などと訳され、生きがいや幸福感などが重視される。
【用語解説】香十徳(こうじっとく=臨済宗)
11世紀の北宋の詩人・黄庭堅が漢詩で示したお香の効能。感覚が研ぎ澄まされる▽心身を清浄にする▽けがれを除く▽眠気を覚ます▽心を癒やす▽くつろぎを与える▽邪魔にならない▽少なくても芳香を放つ▽長期保存できる▽常用しても害がない―を挙げている。一休禅師が日本に紹介したとされる。