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「文化時報」コラム

〈75〉夜中に呼ぶ声

2025年2月25日

※文化時報2024年11月22日号の掲載記事です。

 今は亡き夫の介護をしていた頃の話です。

 もともと私は看護師ですから、周りからは「手慣れたものだろう」と思われていました。たしかに、技術的な面で困ることはありませんでしたが、やはり「仕事」と「生活」は違います。

傾聴ーいのちの叫び

 夜中に「おーい」と呼ばれるわけです。何事かと駆け付けると「寝てもいい?」と聞いてくる。最初のうちこそ「どうしたの? 眠れない?」と優しくできましたが、これが何度も何度もとなってくるとイライラ、ムカムカ。「どうぞご勝手に。いちいち呼ばないで!」と邪気丸出しです。

 まずい。このままでは共倒れの危機!とばかり、さまざまな策を講じました。

 まずは、本人の説得。くだらないことで呼んではいけないとくどくど説明しましたが、うまくいきませんでした。だって、私が「くだらない」と思うことと、彼が「くだらない」と思うことは違いますから。

 次は、無視する。どうせ、たいしたことないのは分かっているのですから、無視して寝ていればいいのです。でも、そうはいきませんでした。もし、万一…と思うと、落ち着いて寝てもいられません。

 家族で分担することも考えました。でも、やっぱり人任せにするわけにはいかず、却下。

 これといった解決策が見つからず煮詰まったある夜、どこからの〝指令〟か「時代劇調の対応」が口をついて出てきました。

 「なにごとでござるか」「ひかえおろう!」「であえ! であえ!」。目をまんまるに見開いて驚いている彼の様子が面白く、バカなことをしている自分にもおかしくなって真夜中にひとり大笑い。

 結局、それが一番うまくいったのです。『面白がる』のです。それからも夜中の「おーい」はやみませんでしたが、「次はどんな調子で驚かしてやろうか」とこちらはワクワク。それだけで、家の中のよどんでいた空気がすう~と晴れて、とっても楽になったのです。

 どんなことも、面白がっていればいつのまにか過ぎていくものなのかもしれません。

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