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「文化時報」コラム

〈87〉「あの世」の信じ方

2025年8月30日 | 2025年8月30日更新

※文化時報2025年6月13日号の掲載記事です。

 台湾で行われている終末期ケアを学びに、しばしば台湾を訪れています。もはや私にとっては、渋谷に行くのも台北に行くのも大きな変わりはありません。むしろ、渋谷に行く方がややこしくて気が重いくらいです。

傾聴ーいのちの叫び

 さて、その台湾の終末期ケア。私は主に、スピリチュアルケアを学んでいるのですが、やはり日本とは違うと感じます。私がお会いした台湾の方々は、みなさん「あの世」の存在を、当たり前のように受けとめていました。そして、そこで少し休んだ後にまた生まれ変わる―「輪廻(りんね)転生」もまた、ごく自然に信じておられるのです。

 もちろん、日本人の中にも「あの世はあると思っています」とおっしゃる方はいます。

 でも、その思いの〝確かさ〟に、どこか違いがあるようなのです。心の底からそう思っているのか、それとも思いたいだけなのか。あの世を信じていると言いながら、もう一方で「とはいえ…」と否定するような気持ちも同時に抱いている。それが、私たち日本人のような気がします。

 そうした相反する考えが混在しているからこそ、時に心の置きどころを見失い苦しむのではないか―そんなふうにも感じています。

 私がお会いした台湾の方々(あくまでも、私がご縁をいただいた方々に限りますが)は、「もうすぐお迎えが来る」と分かっていても、日々を前向きに生きておられました。

 「どうせ死ぬのに、いま苦しい思いをして生きている意味が分からない」などとは言いません。ある方は、苦しい呼吸に喘(あえ)ぎながらも、寸暇を惜しむように「一回でも多く!」と念仏を唱えておられました。それが来世への準備だと心から信じることができているからです。

 なんだか、うらやましかったです。こちらに居ようが(この肉体があろうが)、あちらへ行こうが(この肉体がなくなろうが)、変わらず続いていく「何か」を、心の底から信じることができている人ほど強いものはありません。

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