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「文化時報」コラム

㉛隠さず逃げず向き合う

2023年5月6日

※文化時報2022年12月9日号の掲載記事です。

 このコラムの29回で取り上げた「宝暦治水」の総奉行、平田靱負(ゆきえ)について、工事完成を見届けた後自刃した、と書いたことについて、読者の方から「最近の研究や平田をまつる治水神社では『病死』の可能性が高いとされています」とのご指摘を受けた。

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 確かに、靱負の最期については病死説もある。一方で、薩摩藩の弱体化を図る幕府による熾烈な冷遇や妨害により、工事の中途で自刃した者も多数いたとされる。しかもそのことが幕府に発覚すれば薩摩藩そのものの存続の危機ともなりかねないことから、その実態がひた隠しにされた経緯もある。果たして史実がどうであったかを確定することは困難である(なお、国土交通省木曽川下流河川事務所、関係自治体である養老町や海津市のホームページでは、自刃説によった紹介がされている)。

 さて、仮に靱負が病死だったとして、その死は宝暦治水と無関係だったと言えるだろうか。

 無理難題を突き付ける幕府と開戦すべきと主張する薩摩藩士たちを説得し、藩の存続のために幕命を受けたことで批判の矢面に立ち続け、実際に工事が始まると、過酷な環境の下で命を落とす藩士が続出し、自責の念が日に日に深まったことは想像に難くない。また、工事の資金調達のための借財に幾度も奔走したことも、靱負の心身をすり減らしたことだろう。

 そのような中で体調を崩し、死に至ったとすれば、靱負は間違いなく宝暦治水の犠牲者である。

 現代であれば過労死も過労自殺も、業務との関連性が認められれば労災(公務員の場合は公務災害)の対象となる。また、使用者には被用者が安全な環境の下で働けるよう配慮すべきだという「安全配慮義務」が課されており、それを怠った場合には企業自身が損害賠償責任(国や地方自治体の場合は国家賠償責任)を負うこともある。今日なら、宝暦治水に従事した薩摩藩士たちやその遺族は、そのような補償を受けられたかもしれない。

 しかし、現代もなお、過労死や過労自殺の事実そのものを隠そうとしたり、発覚すれば今度は責任を逃れようとしたりする企業や国、公共団体が少なくない。

 つい先日も、海外派遣された大手重工業会社の社員が、現地での過重労働を苦に自死し、遺族が会社に対し損害賠償を求めた訴訟で、会社は社員が自死したことさえ否定する主張をしたと報じられた。過労自殺で労災認定がされているにもかかわらず、である。

 宝暦治水から300年。この国は、大事業の達成の陰で失われた貴重な命の重みに、隠さず逃げずに向き合う社会になっているだろうか。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁で審理が行われている。

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