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「文化時報」コラム

㉝人が人を思う熱量

2023年5月26日

※文化時報2023年1月27日号の掲載記事です。

 新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』を見た。

ヒューマニズム宣言サムネイル

 新海監督は、前2作(『君の名は。』『天気の子』)で、彗星の地球衝突や異常気象という人間の力ではどうすることもできない天変地異や災厄の中で、鮮やかに、そして力強く生きる若者たちを描いてきた。

 今回の作品は、前2作では暗喩的な位置付けだった東日本大震災を直接のモチーフとしている。震災で母を失った女子高校生・鈴芽が、大地震を引き起こす「みみず」が出てくる全国各地の廃虚の扉を閉めて災害を止める「閉じ師」の青年・草太と出会う。草太はある事情により、鈴芽が大切にしている椅子に姿を変えられてしまったため、鈴芽は、身動きが制約された草太と共に各地の廃虚で開いた扉の「戸締まり」に奔走する。

 壮大なプロット、アニメーションの常識を凌駕する精密なタッチ、時に息をのむ美しい色彩とともにスクリーンいっぱいに広がる日本各地の風景描写、そしてイマジネーションの洪水のような圧倒的スケールで描かれる「みみず」との闘いなど、見どころは枚挙にいとまがないが、実はそこに込められたメッセージは至ってシンプルだ。ひと言で言えば「愛と友情の物語」である。

 普通の女子高生である鈴芽が、大地震の危機を目の前にして死の恐怖も顧みず、躊躇なく立ち向かうのは、そこに暮らす人々を思い、その思いを同じくする草太を思う気持ちゆえである。

 とりわけ、それぞれの土地で偶然出会う、それまで鈴芽にとって「見知らぬ他人」だった人々が、鈴芽に手を差し伸べ、寝る場所や衣服を提供し、励ましながら次の土地に送り出すシーンが私の胸を熱くした。私はこの映画を見た直後、SNSに「圧倒的な逆境と絶望を跳ね返すのは、人が人を思う熱量しかないというシンプルなメッセージ。でも心揺さぶられる」と投稿した。

 それは、私自身が思い当たることだからだ。

 3度の再審開始決定を経ているにもかかわらず、そのたびに上級審で取り消され、いまだやり直しの裁判さえ始まらない大崎事件。弁護士として持てる力の全てを傾けても、無実を訴え続ける95歳の原口アヤ子さんをいまだ救えず、再審制度の改正も実現できずにいる現実に、絶望と無力感に苛まれることもある。しかし、私の活動と再審の理不尽を知り、声を上げる応援団が次々と現れ、私の背中を押してくれる。

 再審法改正を大きく扱う某新聞の記事が掲載された日の前夜、執筆した編集委員からメールが届いた。「明日の朝刊に、再審法改正を後押しするつもりで書いた渾身の記事が出る見通しです。1年近くかかりました。少しでも、プラスになればうれしいです」―。

 人が人を思う熱量に支えられ、再審と闘う私の旅は続く。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁で審理が行われている。

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