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「文化時報」コラム

㉟歳を重ねるからこそ

2023年6月1日

※文化時報2023年2月3日号の掲載記事です。

 仕事柄、ご高齢の方とお話をさせていただく機会に多く恵まれておりますが、「新聞が読みづらくなった」「階段が一息に上れなくなった」「え?何?よく聞こえないんだよ。もっと大きな声で!」と、加齢の嘆きをしばしばお聞きします。わが身を振り返っても同様にひたひたと迫りくるものがあり、外見だけでなく内臓も神経も、寄る年波には勝てません。あ~あ。

傾聴ーいのちの叫び

 でも、多くの方のお姿を拝見し、最後まで衰えることがない、いや、むしろ磨きがかかっていくものなのだと実感しているのが、「智慧」です。

 知恵ではないですよ、「智慧」。私は、この二つの違いをどんなふうに捉えているかというと、例えば黒豆の煮方。「豆は洗って水気を切って」「熱いうちにさびくぎを入れて」「豆が煮汁から出ないように気を付けて」など、料理本に書いてあるあれこれ。これは、知恵。

 ところが、85歳になる母に尋ねると、曰く、「そんなもの鍋に放り込んでおけば勝手煮えるわよ」とけろり。それでいて、料理本と首っ引きで頑張る私より、ふっくらつやつやの黒豆を作り出すのですから、あっぱれです。これこれ、これが、「智慧」です。

 何度も繰り返し積み重ねてきた経験によって養われた「超感覚」。こればっかりは、いくら本を読んだとて、経験の浅い私ごときが身に付けられるものではありません。

 あらゆることにつけ、そうです。人付き合いの方法もしかり、世の中を渡る処世術もしかり。歳、つまり、経験を重ねた方は、「智慧」の宝庫というわけです。ネットなんかで調べるよりずっと実践的で、ずっと使えます。世の中の方々には、ぜひ、自分より長く生きている人の「智慧」を、ありがたくフル活用していただきたいものです。

 ただし、この「智慧」。聞き出そうとするとしばしば自慢話がくっついてきちゃいますので、ご了承ください。グリコにオマケはつきものですから。

 

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