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「文化時報」コラム

〈46〉四面楚歌の終末期難民

2023年9月30日 | 2024年8月5日更新

※文化時報2023年7月14日号の掲載記事です。

 日頃から何かと教えを乞うている医師が先日、「がん難民なんて言葉があったけど、最近は終末期難民だよ」などとおっしゃっておられましたが、まさに今、それを目の当たりにしています。

傾聴ーいのちの叫び

 その方は、長年の依存症が原因で壊れた体を何とかこれまで使ってきましたが、せんだって急激に悪くなってしまい、やむを得ず救急病院に運び込みました。治療の効果あり何とか一命を取り留めはしましたが、余命はあと半年。そうなると救急病院にはいられないので、退院しなければならなくなりました。

 天涯孤独の一人暮らしですから、このままではどうにもなりません。一般病院に入院しようとすると「依存症を治してきてください」。依存症を治療する病院は「内臓疾患を治してからじゃないと受け入れられません」。看取(みと)りの病院は「満床です」。介護保険を申請しようとすると「年齢が若いし動けているので対象外です」…。

 張り巡らされている網の目をことごとくすり抜けてしまい、どこにも引っかかりません。挙げ句の果てには、住んでいるアパートの大家さんも「事故物件なんてことになっては困る」としかめ面です。まさに四面楚歌(そか)。終末期難民とはこのことです。

 結局、毎日様子を見に行くということで大家さんに納得していただき、在宅での生活が再スタートしました。これから先、さまざまな問題が起こってくるとは思いますが、その都度何とか対処していくしかないと、私も覚悟を決めたところです。「人間到(いた)る処(ところ)青山あり」とは、今は昔。人間そんなに簡単には、死ねないのです。

 あ~あ。やっぱり、行政や福祉のサービスの隙間を埋める「大慈の家」をつくりたいなあ。いや、「つくりたいなあ」じゃなくて、「つくらねば」。さんざん四苦八苦してきた人が、最期くらいは静かにゆっくり過ごしたいと望んでも、決して罰は当たらないでしょう。そうできる場所が必要です。

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