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「文化時報」コラム

〈88〉父から息子へのバトン

2024年11月23日

※文化時報2024年9月30日号の掲載記事です。

 先日「善鸞義絶事件」に触れた法話を聴聞した。

 親鸞聖人が実子である善鸞大徳を義絶、つまり親子の縁を切るという出来事が起こった。流罪で越後にいらした親鸞聖人はその後関東へ移り教えを広められた。晩年は京都へお戻りになったが、関東で間違った教えが流れるようになる。それを諫(いさ)めるために善鸞大徳が親鸞聖人の命を受けて関東へ赴かれた。

 しかし、善鸞大徳自身が間違った教えを広めることになってしまい、結果的に義絶となったというのがことの顚末(てんまつ)だと伝わっている。

 偉大な父を持つ息子の苦悩は、親鸞聖人のときからすでに始まっていたようだ。

 筆者の父親は、社会的な世間の物差しでは全くのダメ人間だった。子どものころはそんな父親が嫌いだった。父親など全く必要がないとさえ思っていた。

 もっとも、父親がいなければこの世に生まれることもなかったのだから、その考えはおかしいと気が付くことになる。30歳のときだった。

 それは父親の葬儀という場。筆者と同年代の人で父が存命という方はまだまだ多いはず。筆者は父親の葬儀を今から約30年も前に経験している。葬儀の時に何も感じなければ、僧侶になることも、他人の看取(みと)りに加わることもなかったと思う。

 筆者は、父の最期に立ち会う何人もの息子に寄り添ってきた。それは自分が通ってきた道だった。葬儀の場で息子が何を感じたかはそれぞれ違うだろう。しかし、その後の息子の人生には大きく関わっていると感じている。

 そんな息子の一人にまた出会った。「もう(積極的な)治療することがない」と医師から告げられる父。それを横で聞いている息子。同じ部屋に僧侶である筆者もいる。

 冒頭の法話はその翌日のことだった。息子の母も一緒に聴聞した。法話するのが僧侶の仕事であるなら、一緒に聴聞するのも仕事でありたい。思い通りにならない生老病死に苦悩する人々のために聞法の場は開かれている。後々にじわりと意味が湧いてくるに違いない。

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