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インタビュー

橋渡しインタビュー

ポジティブに筋ジスと向き合う 堀さつきさん

2023年1月30日

 全身の筋肉が徐々に衰える難病「筋ジストロフィー」。日本では全国に約2万5400人の患者がいると推定される指定難病だ。2020年5月には初の筋ジストロフィー治療薬「ビルテプソ」(ビルトラルセン)が発売されるなど新薬の開発が進み、治療に希望が見えてきた。30代で筋ジストロフィーとの診断を受けた堀さつきさん(59)=埼玉県狭山市=は夫の充さん(64)と共に今年4月、地域交流サークル「狭山カーレットクラブまぜこぜ」を立ち上げ、新たなスポーツ「カーレット」に取り組んでいる。今この瞬間にできることを見つけようとしている。

 さつきさんが筋ジストロフィーと診断されたのは35歳の時だった。体調不良で病院を受診した結果告げられた、思わぬ病名。いずれ歩けなくなることへの絶望感を感じ、「お先真っ暗!」と嘆いた。

 当時、夫の充さんと5歳の娘との3人暮らし。ショックのため、1年目は外出することが減った。

 だが、持ち前のプラス思考から「明日、突然何かができなくなるわけではない。残された機能でできることをしよう」と、前向きに捉えた。何より自分を育ててくれた両親の顔が浮かび、悲しませてはいけないと自らを奮い立たせた。

自宅の前で。堀さつきさん(左)と夫の充さん
自宅の前で。堀さつきさん(左)と夫の充さん

 さらにポジティブなのは、夫の充さん。妻の病名を聞いても特に深刻にならなかった。「すぐに死ぬわけではないし、歩けなくなるなら歩かなくてもよい生活をすればいい」とさらりと言った。いまだかつて妻の病院にも付き添ったことがない。

 そんな夫の姿に、さつきさんは「ひとごとだと思って…」と思いながらも、病気を割り切って考えるきっかけになったと話す。

 大手デパートの社員だった2人は、職場結婚で東京から埼玉県狭山市に移住した。新婚当初から住んでいる集合住宅では、さつきさんが筋ジストロフィーの診断を受けた後から玄関先にスロープが付き、家の中はバリアフリーに改装されている。

台所でお湯を沸かすさつきさん
電動ワーキングチェアがあれば家の中は楽に移動できる

 さつきさんは自宅の台所で家事をし、入浴やトイレも自分で行う。基本の動きはお尻をずらし、両腕を使って器用にこなす。外出は電動車いす、家では電動ワーキングチェアを使用し、自由自在に動いている。

 筋ジストロフィーには型があり、同じ病名でも症状が出る部位は人それぞれだ。筋細胞が破壊される指定難病であるが、適度な運動が必要のため、日常の家事は良いリハビリとなっている。

つえを持って歩いた理由

 さつきさんは以前から自分の症状が進行することを予測し、事前の準備や対処をしてきた。

 歩行に自信がなくなってきた頃、すれ違った人と肩がぶつかり転倒したことがあった。本来なら倒れるほどではなかったが、相手が「大丈夫ですか?」と驚いた顔で助けてくれた。
 
 見た目では分かりにくい姿は危険と気付き、さつきさんは30代でつえを持って歩いた。全ては相手と自分を守るため。もし自分が健常者だったら—と、相手のことを考えれば当然の結論だった。

車の椅子を移動
助手席に乗る際も全て自分で行う

 充さんは、さつきさんがつえをついていた時代を振り返ると「家で転ぶ音がした時は、さすがに焦りました。今は電動ワーキングチェアなのでよほどのことがないと転ばないから、安心です」と笑った。

 さつきさんは4年前まで、車の運転も自分で行い、どこにでも出かけていったが、充さんが定年退職したのを機にやめた。万が一事故に遭い、相手が目の前に倒れていたとしても駆け付けられないことなどを考えたと話す。腕の可動域が狭くなってきたことも理由にあった。

 病気の進行具合を見て、少しずつ先の生活を見据えて環境を整えていく重要性を、さつきさんは実感している。診断を下された時、医者から精神疾患になり寝たきりになってしまう人がいると聞かされ「メンタルは鍛えておこう」と意識していた。

 障害があるという理由でネガティブな考え方に浸るだけではなく、常に自分を客観視しながら、どうやって生きていくのか考えることが大切だと感じている。

 「気落ちしても何も変わらない。ネガティブキャンペーンにさようならってね」と、さつきさんは明るい表情を見せた。

階段
充さんが勤めに出ていた頃、いざというときのために2階に上がれるようにしていた

夫婦の新たな活動「カーレット」

 充さんは定年後、地域の福祉活動に取り組んだ。現役時代も障害者雇用を行う会社に勤務していたことがあり、障害を持った人と接するのは普通のことだった。

 今年4月には、さつきさんと「狭山カーレットクラブまぜこぜ」を立ち上げた。

 「カーレット」はカーリングのミニチュア版。子どもから高齢者まで、障害の有無にかかわらず、卓上で行うチーム戦のスポーツだ。ルールもカーリングとほとんど変わりない。

 「まぜこぜ」は多様な人々が集い、カーレットで同列の立場から対戦方法やルールを探しだし、共有して楽しむことを意味している。

カーレット
公民館に集まって行われるカーレット

 「子どもの頃から『障害者には親切にしましょう』みたいなことを言われますよね。その言葉だけが強く頭に残ると、『何かをしてあげなきゃいけない』という気持ちになりませんか。それが、いつの間にか偏見や差別につながっていると思うんです」と、充さんは話す。
 
 「してあげなきゃ」といっても、多くの場合、何をしていいのか分からない。分からないから見て見ぬふりをしてしまう。

 分からないのは当然であり、障害者も性格や個性、考え方が一人一人にあり、困っていることも違う。

 ならば、一緒に遊ぶ中で自然と仲良くなり、接点を持つことで「なんだ、普通に接すればいいんだ」と分かるようになり、困っている人がいれば「どうされました?何かお手伝いしましょうか」と相手に気軽に聞けるようになるのでは―と充さんは話していた。

 今までの経験を踏まえ、カーレットは夫婦の新しい活動の出発点となった。

 ゲームは地域の公民館で行われ、視覚、聴覚、知的障害者も集まってくる。夫婦2人のこれまでの人脈をフル活用して声を掛け合い、近所の子どもや車いすユーザーも含め現在は会員約30人に上った。想像以上に盛り上がっているという。

カーレット
道具購入には助成金を使った

「地域の活動なら、近場の所に通いたいと誰もが思います。ゆくゆくは市内のあちこちで気軽に参加できる環境をつくり、誰でもカーレットを楽しんで交流してほしいですね。多様な人たちとの交流は新たな発見があって楽しいですよ」。夫婦は互いの顔を見つめて、ほほ笑んだ。

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