2024年6月19日
一般社団法人がんサポートナースの発起人で代表理事の沼澤幸子さん(57)は、2023年7月に埼玉県から三重県紀宝町へ移住し、「地域おこし協力隊」の隊員として暮らしている。長年の看護師経験を生かし、人口減少が進む地域医療の体制づくりに貢献するのが目的だ。全国にがんサポートナースを広げようとする養成講座もオンラインで開き続けており、「医療のすき間を満たす看護師」をモットーに活動している。
地域おこし協力隊は2009年度から総務省が実施する制度。都市部から人材を募集し、過疎化の進む地域に1〜3年移住しながら、自治体の委託を受けて地域の活性化や課題解決に取り組む。2022年度は1116の自治体で6447人の隊員が活動した。
隊員の年齢層は主に20代~40代というが、沼澤さんは50代後半で地域おこし協力隊に応募した。きっかけは「この町に看護師として来てほしい」と当時、紀宝町の診療所にいた医師に声をかけられたことだ。
自身の活動としては、2019年に一般社団法人がんサポートナースを設立。がんと診断された患者がいつでも相談でき、じっくり悩みを聴いてくれる看護師を、がんサポートナースと名付けて養成してきた。ブログやネットラジオを通じて興味を持った看護師や、志を同じくする他の医療職の協力を得ている。
ネットラジオのリスナーの一人に、紀宝町の医師がいた。連絡を取り合って月1回、法人の勉強会に講師として招いたり、紀宝町の地域医療センターのシンポジウムに沼澤さんが登壇を依頼されたりと、交流を続けていた。
そうするうちに、沼澤さんは地域おこし協力隊の看護師募集があることを知った。2023年春のことだ。
紀宝町は三重県の最南端にある人口1万人足らずの小さな町。沼澤さんにとっては、縁もゆかりもなかった。
「一瞬戸惑いましたが、自分の年齢を考えてもこれまでの経験が役に立つならやってみたいと思いました」
夫と話し合い、紀宝町が在宅の看取りを含めた医療や、防災に力を入れている地域だと知り、移住を決意。現在は沼澤さん以外にも同世代の看護師が移住し、活動を共にしている。
現在は町のPRや広報活動を兼ね、医療機関や学校、子育て支援センターなどに出向いて、地域住民の心のケアや健康問題の調査、医療・福祉系のイベントを開いている。
沼澤さんは長崎県出身。20歳で看護師になり、九州・関西・関東の病院やクリニック、空港内の保育所などで勤務していた。
私生活では結婚して2児の母親に。その後、シングルマザーになり看護師を続けながら、子どもたちを育てた。現在は子どもたちが独立し、沼澤さんは再婚して夫と2人暮らしをしている。
沼澤さんは、大好きだった祖父ががんで亡くなったのを機に、もっと患者の精神性に寄り添う看護をしたいと希望するようになった。
40代のとき、緩和ケア病棟のある病院に転職した。緩和ケアはがん患者への治療が目的ではなく、心身の苦痛を和らげ、患者やその家族にとって自分らしい生活を送れるようにするためのケアだ。
緩和ケア病棟では「師匠」と思える看護師長に出会い、患者に寄り添う姿勢や考え方、看護師としての基礎・基本を改めて学んだ。
「患者さんにとって、緩和ケア病棟は “おうち” なんです。最期までその人らしく過ごしてもらうことを一番に考えることが本来の看護であり、理想の形だと思いました」
その後、神奈川県内に移って別の緩和ケア病棟で4年間働いたが、熱心な思いからか、次第に沼澤さん自身が心身に不調をきたすようになり、休職を余儀なくされた。
自宅で休みながら、これまでの看護師生活を振り返った。若いころから多忙な勤務で、熱を出しても薬を飲んで働くのが当たり前。患者の健康を気遣って自分のことは後回し。そんな生活を何十年と送ってきた。
「本当に患者のことを理解するためには、自分も元気でいなくては」と働き方を見直し、49歳で病院での看護師勤務に終止符を打った。
地域おこし協力隊の隊員になって、もうすぐ1年。沼澤さんは期限内の3年間を「フルに動きたい」と笑顔で話す。
2024年3月から月1回、地域の食堂を借り、「kokoroカフェ」というネーミングで住民と看護師が気軽になんでも話をできる場を始めた。当日は、障害のある子を持つ親や、地元の看護師、がんの経験者、医療・福祉従事者が参加し、隣の和歌山県からも訪れたという。
地域住民との程よい距離感を保ちながら、少しずつ関係性を築いている沼澤さん。これまでさまざまな地域で暮らし、いろいろな職場を経験してきたからこそ、新しい場所に溶け込むのは他の人たちよりも慣れているようだ。
「実際に移住して感じるのは、住民の方々がとても親切で居心地がよかったことです。私も地域おこし協力隊の隊員になったことで、たくさんのことを学ばせていただいています。医療従事者として、地域の方々の健康を守るのが私たちの役目。住み慣れた地域で安心して暮らしてもらえるよう、お手伝いしたいです」
エネルギーに満ちたベテラン看護師の紀宝町での活躍は、まだ始まったばかりだ。