2024年7月13日
障害者雇用促進事業を行うGIFT株式会社(東京都中央区)の社長、松浦亮介さん(35)は、リモート就労を希望する障害者をサポートしている。外で仕事をすることが難しい人でも、自宅で作業ができるよう、ライティングや動画編集技術を身に付けられるプログラムをつくってきた。前職は大手IT企業の人事部で障害者雇用の促進と障害者で構成されたチームの構築コンサルティングを担当。自身の経験を生かして「障害があっても人生を変えたい」と思う人たちの背中を後押ししている。
松浦さんは今年1月末、勤めていたIT企業を退職し独立。仲間と共にGIFT株式会社を立ち上げ、障害者が就労できるための技術習得に力を注いでいる。
特に注目しているのが、人工知能(AI)を用いた新しい技術。インターネットをつなげば「AIコンシェルジュ」と称するキャラクターが登場し、特性を理解しながら助言をしてくれる。
開発のきっかけは、前職での障害者とのやり取りだった。
「躁うつ病の方は日によって精神状態が異なり、チャットで会話をすると、打ってくる文字や返信のスピードが大きく違っていたのです」
「躁」の時は気分が上がって元気になり、文面の末尾に「!」がたくさん入っている。「少し落ち着いてくださいね」と促しても聞き入れてくれない。逆に、「うつ」になると、返信がゆっくりで、マイナス思考な言葉を発しやすかった。
「気持ちの浮き沈みが激しく、本人もつらそうにされていました。事前にサインが分かれば症状を抑えられるのではと思い、AIの技術に着目しました」
チャットの文章や返事の間など、日ごろの様子を分析しデータ化。近日中に精神面や体調を崩す可能性が高いことをAIが予測し、当事者に事前に気付きを与えてくれる―。そうしたシステムを開発中で、年内の完成を目指しているという。
松浦さんは前職で障害者雇用を4年間担当した。それまで、双極性障害や統合失調症など聞いたことがあった病名でも、具体的にはどんな症状が起きるのか知らなかったという。
70人ほどの組織を担当。9割は精神・発達障害者だった。
「障害を持つ方々と接するまで、普段どんな雰囲気で過ごしているのか想像できませんでしたが、やがていろいろなことが見えてきました」。それぞれ症状が出るタイミングがあって、アクシデントさえ起きなければ健常者と変わらず仕事ができることを知った。
障害を持って生活することが「生きづらい」と感じている人は多い。だが、障害や特性によっては、プラスな面もあると松浦さんは考えた。それぞれの得意な部分を上手に使えば、健常者よりもパフォーマンスを上げて、クオリティーの高いものが出来上がっていく様子を目の当たりにしたという。
軽作業を担当していた障害のあるAさんは入社当初から、仕事中に何度もミスをして悩んでいた。「趣味で絵を描くことが好き」と話すAさんに、松浦さんは「ウェブ制作の仕事をやってみないか」と声を掛けた。
初めのうちは松浦さんが教えていたが、やがてAさんは自分から積極的に技術を身に付けるようになった。次第に質問が高度になり、とうとう松浦さんが答えられなくなるまでスキルアップした。この間わずか1カ月だったという。
社内の広報担当が作るものよりレベルの高いサイトを完成させたAさんは、周囲をあっと言わせた。その後は自信を付け、生き生きと仕事をこなした。
「ささいなことをきっかけにして、こんなにも人は伸びるのかと驚きました。障害があっても、特性や特技をうまく生かせば、大きな戦力になれます。人材不足を嘆く会社は多いですが、障害者雇用を通して経営難も打破できるのではないかと考えます」
障害のある子を育てる親に対しても、松浦さんは「将来の選択肢があることを知ってもらいたい」と語る。
「お子さんのことを一番に考える親だからこそ、障害者雇用についてしっかり理解する必要があると考えています」
例えば、障害者手帳を持つか持たないかで躊躇(ちゅうちょ)する家庭がある。「子どもの就職が不利になる」と思い込んでいるためだが、実際は手帳があるからこそ優遇されることや、希望する職種によっては大企業で働くこともできるという。
一方で手帳を申請せず、健常者として就労し、何十年も苦労している人は大勢いる。
障害のある人が自己肯定感を上げて、自身の才能に気付き生かし始めることで、生きづらさが少しでも緩和されていくことが松浦さんの目指すところだ。
松浦さんたちが開発するAIの技術で就労し、人生が好転したと感じる人たちが現れることを期待したい。