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インタビュー

橋渡しインタビュー

どこにいてもサッカーに関わりたい 小浜雄司さん

2024年7月7日

 さいたま市の小浜雄司さん(68)は子どものころからサッカーを続けており、高校時代には全国高校総体(インターハイ)に出場した経験を持つ。現在は、主に足や手を切断した人たちを対象にしたアンプティサッカー=用語解説=のスタッフをはじめ、知的障害を持つ子どものチームやシニアの監督をしながら、さまざまな世代と関わっている。建築に関わる仕事と両立させながら、サッカーに打ち込んでいる。

 4月21日、埼玉県障害者交流センター(さいたま市浦和区)のグラウンドに小浜さんの姿があった。ゴールを数人がかりで運び、アンプティサッカークラブ「FCアウボラーダ」の練習の準備を行っていた。

写真①アイキャッチ兼用 小浜さん正面
キャプ FCアウボラーダのスタッフ、小浜雄司さん
FCアウボラーダのスタッフ、小浜雄司さん

 フィールドの外では、楽しそうに話しながら着替えをする選手たちが見えた。練習開始時間になると、歩行を補助する福祉用具「クラッチ」(松葉づえ)を手に、15人ほどの選手が入ってきた。荷物の横には義足が数足置かれてあった。

 小浜さんは健常者だが、スタッフとしてアンプティサッカーに携わっている。他にも健常者と知的障害者の子どもたちがいるサッカーチーム、60代のシニアチームの監督をしながら、サッカーを通して幅広く地域とつながっている。

 「障害者交流センターは僕のパワースポット」とほほえむ小浜さん。障害者との接点は、この施設から始まった。

生ぬるいサッカーではない

 小浜さんは広島県出身。小学校からサッカーを始め、高校は県立広島国泰寺高校に進学した。旧制広島第一中学校時代の1912年に蹴球部(サッカー部)が創立された伝統校だ。インターハイに出場するなど、華々しい選手生活を送った。

 大学入学を機に上京し、卒業後は建設業界に就職。サッカーから離れた時期もあったが、結婚後に息子が生まれ小学校でサッカーを習い始めると、夢中になってボールを追いかけていた青年時代を思い出した。

写真② 小浜さん後ろ姿
キャプ サッカーを始めて58年の歳月がたった
サッカーを始めて58年の歳月がたった

 2004年、息子が所属するサッカーチームでコーチになったのを機に、小浜さんは仕事と両立させながらサッカー漬けの日々を送るようになる。

 6年後には「FC浦和シニア」に選手登録し、埼玉県シニアリーグでプレー。現在も選手兼監督としてチームを支えている。

 また、知的障害者サッカークラブ「FCもんちっち」でコーチを務め、障害のある子どもたちを対象にサッカーを教えている。

 FCもんちっちとの出会いは、障害のある子どもたちのサッカー交流戦で障害児サッカーを知ったのがきっかけだった。市の広報誌などを見て自分から連絡し、「何かお手伝いできれば」と障害者交流センターに通い詰めた。

 「皆と関わっているうちに、何げない会話から、障害があることで健常者には分からない苦労があることを知ったんです」

 そんなある日、子どもたちの練習が終わってグラウンドを見ると、1人でボールを蹴っている男性が目に入った。近づくと、両手にクラッチを持って動いていて、片足がないことに気付いた。

 思い切って話しかけると、男性は新井誠司さんというアンプティサッカーの選手だった。FCアウボラーダに所属し、チーム全体を引っ張っていた。

 「私はその日、初めてアンプティサッカーの存在を知りました。練習日に誘われて行ってみたら、すごい気迫で練習する選手たちの姿を見て、衝撃を受けたんです」

 選手一人一人が、懸命にボールを追いかけている。生ぬるいサッカーでは、決してない。覚悟を持っている人の強さを感じた。

 「よろしければ、一緒にボールを蹴らせてもらえませんか。何かお手伝いできませんか」。そう話すと、快く受け入れてもらえた。

写真③ 3人選手
キャプ 11年前、小浜さんにアンプティサッカーを教えてくれた新井さん(右)
11年前、小浜さんにアンプティサッカーを教えてくれた新井さん(右)

 月に数回、週末に集まってサッカーをし、同じ時間を過ごす仲間同士。小浜さんが彼らを見て感じるのは、うらやましいほどの「絆」だという。

 中には遠方から、同じ境遇の仲間たちと会うため、何時間もかけてやってくる選手もいるそうだ。

 アンプティサッカーの選手は、先天性あるいは事故や病気によって、足や手がない人たちであり、本人たちにしか分からない大変さやつらさを経験している。何かの事情で突然障害者になり、仕事をなくし、家族を養えるかどうかといった不安定な状況に置かれて、人生が変わってしまった人もいる。

 それでも、困難を克服しながら日常生活に戻ろうと懸命に立ち上がった姿に、小浜さんは尊敬の念を抱くという。

 老若男女さまざまなチームでサッカーに関わっているが、常にアンプティサッカーのことが頭にある。「彼らのことを忘れたことはありません」と笑顔を見せた。

写真④ ボール
キャプ 晴天の下、選手たちは終始活気に満ちていた
晴天の下、選手たちは終始活気に満ちていた

サッカーはA Iではなく、人間がやること

 小浜さんにとって、サッカーの魅力とは何なのだろうか。

 「最近はA I(人工知能)が進化してきた時代ですが、スポーツは生身の人間がやるもので、予想できないことが起きるのが面白いと思います」

 例えばサッカーに欠かせないパスは、ただボールを蹴るのではなく、パスを受ける相手の体勢や技量を見ることが必要だ。想像力がないと、相手には通らない。チームメイトの技量やバランスを考え、人を思いやることが大事だという。

 「お恥ずかしいのですが、僕は若いころ、部活の合宿先で雨が降り、物干しざおにかけてあるユニフォームを、自分のだけを取り込むような自己中心的なところがありました。大人になり、年齢とともに心の余裕ができて、障害者の方々と過ごすようになってからは、自分自身が少しずつ変わっていきました」

 現役で仕事をしながら、休日はスポーツで社会貢献するという理想のシニアの生活をしている小浜さん。「サッカーを通じて、少しでも手助けできたらと思います」と謙虚に生きている。どこまでも温厚な人柄と、年齢や性別問わず、相手をリスペクトする姿勢が印象的だった。

【用語解説】アンプティサッカー

 主に足や手を切断した障害のある人がプレーするサッカー。1980年代に米国で誕生し、国際的な競技として広まった。アンプティ(amputee)は「切断した人」という意味の英語。日本アンプティサッカー協会によると、国内では11のクラブチームで約100人の選手が活動している。

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