2023年11月17日
埼玉県川越市にある就労継続支援B型事業所=用語解説=のリンクス川越事業所と天台宗最明寺が「恋する花手水」の缶バッジを共同製作し、人気を集めている。お寺の境内にカプセルトイを設置し、墓参りや観光で訪れた参拝者のお土産として好評なのだという。1500個以上を売り上げ、20代〜60代と幅広い世代から支持されるグッズが、どのようなきっかけで生まれたのだろうか。
リンクス川越事業所には、精神障害や発達障害のある利用者を中心に20人ほどが通所しており、開設当初からご当地キャラクターやオリジナルデザインを起用した缶バッジや、雑貨の製作を行っている。
代表理事の石井浩太さん(34)は以前、総合電機メーカーの営業職だったが、母親が福祉の仕事に徹する姿に影響を受け、一念発起して転身。2018(平成30)年に自らリンクス川越事業所を設立した。
川越市で生まれ育った石井さんは、地元の観光をもっと盛り上げたいと、昨年10月に川越青年会議所のビジネスコンテストに参加。缶バッジのカプセルトイを設置することでまちの活性化につなげたい―と訴えた。そのプレゼンテーションを見ていた最明寺副住職の千田明寛さん(35)が声を掛けたという。
缶バッジのデザインには、最明寺境内の5カ所に設置されている花手水。元は寺院や神社で手を清める手水鉢に季節の花を浮かべたもので、川越市では最明寺が早くから取り組んでいた。
早速、企画から設置までの話し合いを重ねて実施。利用者が丁寧に一つずつ「恋する花手水缶バッジ」を作った。6種類の花がデザインされ、うち1種類はシークレットデザインとして、面白さを感じさせる工夫をしている。
現在は最明寺以外にも市内に4カ所設置している。1回200円。子どもや女性を中心に徐々に広がりを見せ、新聞やテレビのニュースで取り上げられるなど一気に注目が高まった。
事業所の利用者にとって大事なのが工賃だ。花手水缶バッジの人気で売り上げは順調に伸び、工賃も上昇したという。
自分の手で作った商品が誰かの手に渡り、「かわいい」と喜ばれることで作業へのやりがいを持つ人たちが増えた。うつ病に悩まされていたが、缶バッジ製作を通じて気持ちが前向きになり、生きる喜びを感じられるようになった利用者もいるという。
「花手水缶バッジは、障害者が製作していることを大きく公表していません。本当に欲しくて回したカプセルトイが、たまたま障害者の事業所で作られたものだと知ってもらえればいいと思っています。川越の文化も広められ、お互いにメリットのある活動ができているのがうれしいです」。石井さんはそう話す。
また、利用者の体調を考慮し、納期のある仕事はできるだけ受けないようにしている。時間に追われず、焦らないで気持ちよく安心して働けるよう、事業所内で自前の製品を作るという。
時にはイベントに参加し、缶バッジのワークショップを実施。自分で描いた絵やスマートフォンの画像から缶バッジを作れるとあって、子どもたちの行列ができることもある。そうして地域の人々と交流しつつ、消費動向にアンテナを張っているという。
一方、最明寺副住職の千田さんは、花手水缶バッジだけに限らず、ライトアップやヨガ、フードパントリーなどさまざまな活動をお寺で行っている。また、御朱印の絵柄に福祉事業所の利用者が描いた作品を採用したこともある。
「私の叔父が聴覚障害者でした。すでに他界していますが、叔父の子ども時代は祖母も周囲に悪く言われるなど、障害者に対しての偏見があったと聞いています」と千田さん。耳が聞こえない以外は普通に過ごす叔父の姿を見ていたため、障害の有無に関係なく、人は皆同じであると自然に思うようになったという。
「障害者が批判を受けること自体がおかしい。最明寺では、障害のある方を受け入れ、できる限り支援に力を入れ、共に協力し合えればと思っています」
第3弾はピンクリボンバージョンで製作。年間を通して、コレクションとして集めたくなるような缶バッジをこれからも作り続ける予定だ。
「福祉は続けることが大事」と語る石井さん。細く長く続けられるよう、ゆくゆくは全国に「恋する花手水ガチャ」を設置することを目標にしている。
【用語解説】就労継続支援B型事業所
一般企業で働くことが難しい障害者が、軽作業などを通じた就労の機会や訓練を受けられる福祉事業所。障害者総合支援法に基づいている。工賃が支払われるが、雇用契約を結ばないため、最低賃金は適用されない。