2025年2月14日
※文化時報2024年11月15日号の掲載記事です。
ベトナム人尼僧のティック・タム・チー氏(46)が来年5月、ベトナム寺院の東京大恩寺(東京都足立区)を建立する。東京近郊に住むベトナム人が通いやすい場所を選んでおり、日本人との交流を深める拠点としたい考え。日本に骨をうずめる覚悟で、建設費2億7千万円を調達。「互いの価値観を共有し、日本とベトナムの架け橋となって、誰もが気軽に出入りできる場を目指す」と語る。(山根陽一)
8月27日、JR・地下鉄千代田線綾瀬駅から徒歩15分ほどの建設予定地に、タム・チー氏をはじめ10人以上のベトナム人僧侶や関係者が集まった。建物は鉄骨造3階建て、1階を多目的の交流スペースにする構想で、今後の計画を確認し合った。
「悩みを抱えた人たちが、すぐに来られる場を」。そうした願いに基づいて構想は進化してきた。日本人との交流を図るため、ベトナムのお祭りを開けないか。ベトナム料理やベトナム語の教室、ベトナム映画の上映会はどうか。現地主要都市や文化遺跡の観光ツアーを企画してみては―。さまざまなアイデアが出てきた。
「日本人にもベトナムに親しみを持ってもらうとともに、ベトナム人が安心して学び、働ける環境を整えたい」。タム・チー氏は力を込める。
タム・チー氏は2000(平成12)年に留学僧として来日。大正大学大学院などで学び、浄土宗日新窟(東京都港区)などで修行した。日本に滞在するベトナム人の窮状に心を痛め、長年にわたり支援を行っており、11年3月の東日本大震災では東北在住のベトナム人約100人を保護した。
18年には、同胞の駆け込み寺として埼玉県本庄市の山あいにベトナム寺院の大恩寺を開き、住職に就任した。
コロナ禍では、多くのベトナム人留学生や外国人技能実習生=用語解説=らが困窮した。大恩寺ベトナム寺院は在日ベトナム人コミュニティーや大使館、航空会社などの協力を得て、食料や生活必需品を提供。葬式や帰国の支援なども行った。
そうした活動を行う大恩寺に、周辺の農家は、大量の野菜や果物を届けた。日本人の仏教徒も活動を支え、浄土真宗単立昌玲寺(東京都板橋区)の藤村行一住職は水や米を持参。現在も定期的に通い、ベトナム人僧侶らと交流している。
一般社団法人在日ベトナム仏教信者会会長も務めるタム・チー氏の信頼は厚く、日本でトラブルに巻き込まれた人からの連絡は頻繁にあるという。
「いじめ、暴力、事故、事件、病気などを訴える声がスマートフォンにかかってくる。私が接する日本人は優しく思いやりがあるが、技能実習生を中心に人権侵害に当たる被害も耳にした」
また、宗教心がないといわれる日本人について、タム・チー氏は「冷静で約束を必ず守るし、仏様が説く慈悲心を持つ方が多い」と指摘。一方で「日本人同士が心のコミュニケーションを取れていないと感じることもある」と話す。
出入国在留管理庁によると、23年末時点で日本に暮らすベトナム人は約56万人。国籍別では中国人に次いで2番目に多く、今後も増えると予想される。
また、人口減少に伴い介護・福祉職などの人手不足を補うのは、ベトナムなどアジア圏の人々が中心だとみられている。「ベトナム人にとって日本は憧れの国であり、働くことを希望する人は多い」とタム・チー氏は言う。
だが、外国人材の獲得競争は国境を超えて激化。日本が「選ばれる国」であり続ける保証はない。「今、一番人気があるのは韓国で、次が台湾。現地語を勉強する仕組みが整っていて、働く環境も良いところが選ばれている。日本は円安で、給与面でもかつてほどの魅力がない」と警鐘を鳴らす。
タム・チー氏は、こうした現状や多文化共生の大切さを日本人の子どもたちに理解してもらおうと、中学や高校で授業を行っているという。一連の活動は、大好きな日本と日本人のためでもある。
【用語解説】外国人技能実習生
開発途上国の「人づくり」に貢献するため、技術や知識を学び、母国の発展に寄与してもらうための在留資格「技能実習」で来日した外国人のこと。名目上は「労働力として雇用するための人材」ではないとされているが、実質的には雇用の調整弁として受け入れられている。低賃金や長時間労働などの劣悪な労働環境が近年、社会問題になっている。