2025年5月18日
※文化時報2025年2月14日号の掲載記事です。
発達障害がある子どもと保護者を対象にした「学びの場」が、神奈川県内の禅寺4カ所で開かれている。その名も「こども禅大学」。主催する一般社団法人こども禅大学(神奈川県三浦市)の大竹稽(けい)代表(54)は長女(6)が自閉スペクトラム症(ASD)=用語解説=で、同じ悩みを持つ親同士が自由に語り合い、情報共有できる場をつくりたかったという。「発達障害は個性の一つ。悩みや不安は当然あるが、一緒に話し、笑い合えば道は開ける」と考えている。(山根陽一)
こども禅大学の会場になっているのは、いずれも臨済宗の禅寺で建長寺派満昌寺(横須賀市)、円覚寺派貞昌寺(同市)、円覚寺派海藏院(横浜市戸塚区)、建長寺派福泉寺(三浦市)。1月12日には満昌寺で今年最初の集まりがあり、大竹代表夫妻と娘、発達障害の子を持つ近隣の母親ら5人が参加した。
全員で約20分間坐禅を組んだ後、参加者が輪になって語り合いに臨んだ。長男(15)が小学校入学時にASDと診断された横須賀市の佐藤悠子さんは「息子は大きな音が苦手で、ふとしたことでもパニックになる。それでも普通学級に通い、周囲の児童や保護者の協力もあって、無事に過ごしている」と語り始めた。
小学4年の時に本人にASDであることを伝え、「人と違うことは悪いことではない」と励ましたという。間もなく高校受験を迎えるが、「息子の可能性を信じる」と力を込めた。
2022年の文部科学省の調査では、発達障害の可能性がある小学生は10.4%、中学生は5.6%で増加傾向にある。大竹代表は「ASDの子はからかわれることも多いが、本能的に逃げ道を知っていて、居心地のいい場所を探す鋭い感性を持っている」と語る。
こども禅大学では、こうした語り合いや講演会などを月1回開催。特性との向き合い方や才能の伸ばし方などを、親子で学んでいく。
学びの場として禅寺を選んだのは「落ち着いて、心を裸にでき、素直な気持ちを吐露できるから」。大竹代表自身が若い頃、臨済宗方広寺派大本山方広寺(浜松市浜名区)で坐禅に傾倒した経験も生きている。
満昌寺での集まりで坐禅を指導した永井宗寛住職は、坐禅は大人だけではなく子どもにも有効だと指摘する。ASDでなくても教室で落ち着きがない子どもが多いとして、近隣の公立小学校から「出張坐禅」の依頼があり、体育館などで指導することもある。
永井住職は「もともと僧侶は悩みを聞く存在であり、お寺はその受け皿になってきた。葛藤を抱えている子どもたちが、坐禅によって集中力を養うと、人の話を冷静に聞けるようになる」と話す。
大竹代表は愛知県出身。叔父ががんで早逝した経験から、医師を目指して名古屋大学医学部に進学したが、医学に疑問を感じ始めた。予備校講師をしていた時に、教え子が自殺。自責の念に駆られ、心を救うには哲学を追求するべきだと思い立った。
東京大学大学院で哲学を専攻し博士課程を中退した後、哲学者・教育者として執筆・講演活動を始めたという。
昨年、5歳の娘がASDと診断され、発達障害の子どもや家族のために生きようと思い立った。5月には発達障害や知的障害のある子への指導や保護者の支援を行う神山努・横浜国立大学教育学部准教授(行動分析学)を監修に迎え、9月に一般社団法人こども禅大学を設立した。
時代は大きく変わった。民族、宗教、性別、障害など多様性に満ちた共生社会は、子どもたちの世界にも広がっている。人は一人一人違って当たり前であり、それを受け入れるのが成熟した社会だと大竹代表は考えている。「環境次第できっと個性は開花する」と、前向きな笑顔で語った。
【用語解説】自閉スペクトラム症(ASD)
コミュニケーションや対人関係の困難と、特定のものや行動への強いこだわり、限られた興味などの特徴がみられる発達障害。かつては自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群などの名称で呼ばれていたが、アメリカ精神医学会が2013年に発表した精神疾患の診断基準(DSM)第5版からは自閉スペクトラム症に統一された。約100人に1人いるとされる。