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惨事ストレス 救急隊員へのケア学ぶ

2022年12月23日

※文化時報2022年10月11日号の掲載記事です。

 保健・医療・福祉に関する研究成果を発信し実践に役立ててもらう日本保健福祉学会(安梅勅江会長)の第35回学術集会が1日、龍谷大学瀬田学舎(大津市)からオンラインで配信された。過酷な現場で救援活動に当たる消防・救急隊員らへのスピリチュアルケア=用語解説=を中心に、宗教者を含む専門職による後方支援の手法を、スイスと米国の事例から学んだ。

スイス・ベルン州からオンラインで基調講演を行ったケアチームのアンドレ・クーヘン副所長
スイス・ベルン州からオンラインで基調講演を行ったケアチームのアンドレ・クーヘン副所長

 大会テーマは「災害救援者のコミュニティ・メンタルヘルス・サポート・システム構築に向けて―スピリチュアリティを含めた支援を中心に」。全体を通して、消防・救急隊員の惨事ストレス=用語解説=への対処が話題の中心となった。

 基調講演には、スイス・ベルン州ケアチームのピエール=アンドレ・クーヘン副所長が登壇した。同州は、1999年に若者ら21人が亡くなった洪水被害を受け、警察、消防、救急と並ぶ法的に位置付けた機関として、ケアチームを結成。昨年は621件の出動があったという。

 アンドレ・クーヘン副所長は、プロテスタント教会がチームの立ち上げに尽力したことに触れた上で、単独ではなく、警察や消防、救急と連携して活動していると強調。メンバーは160人いて普段は別の職業に就いており、年に数回、4~5日間交代で待機していると説明した。

 また、普段から専門的な教育や訓練を受けており、「他職種連携の方法を学ぶことが極めて重要。互いを知り合うことが、緊急時の適切な行動につながる」と述べた。

 特別講演を行ったNPO法人日本消防ピアカウンセラー協会の笹川真紀子副理事長は、米オレゴン州の惨事対応チームについて紹介した。消防職員が仲間同士で支え合う「ピアサポート」を中心としつつ、カウンセラーとともにチャプレン=用語解説=が主要な役割を果たしており、信仰を問わず365日24時間体制で職員や家族らに奉仕していると指摘した。

特別講演に臨む笹川副理事長
特別講演に臨む笹川副理事長

 その上で「心のケアの前に、食料の調達など現実的な支援を行っている」と紹介。殉職事案が起きると、地域のチャプレン60人が緊急招集され、「いつでも、何を話してもいい」という態勢を整えるといい、「なぜ自分が生き残ったのか」など答えのない問いに対応すると語った。

自利から利他へ 学術集会シンポジウム

 日本保健福祉学会の第35回学術集会では、「消防職員の惨事ストレス」と題したシンポジウムも行われた。登壇者の発表に対するコメンテーターは、元消防職員で真言宗僧侶でもある諌山憲司・明治国際医療大学教授が務めた。

 諌山教授は、消防職員に対するスピリチュアルケアに関し「自分ではうまく保てない内面の部分を、仲間や社会がサポートできる組織や体制づくりが必要」と提言。利他の精神だけで燃え尽きてしまう前に、自利によって内面を保つことが、他者の支援にもつながると語った。

 大会長を務めた栗田修司・龍谷大学教授は「消防職員の方々の心の健康を守るため、チャプレンなどの宗教者が少しでも関わりながら、仲間として支えていける社会になってほしい。今回の学術集会がその一歩になれば」と話した。

 シンポジウム登壇者の主な発言は次の通り。

日常から介入必要
大津市消防局 警防課救急高度化推進室 桒野挙至(くわの・たかし)氏

大津市消防局 警防課救急高度化推進室 桒野挙至(くわの・たかし)氏
大津市消防局 警防課救急高度化推進室 桒野挙至(くわの・たかし)氏

 救急隊員が受ける惨事ストレスは、大きな災害や事故に限らない。

 大津市消防局では約100人が救急業務に従事しており、昨年約1万7千件の出動があった。多くの場合は傷病者・家族にとって一生に一度あるかないかの事態だが、救急隊員は日に何度も出動している。

 自分の家族と同世代が突然命を落とし、関係者からの暴言・暴力に接する場面がある。救急救命士の医療行為は法律で限定的なことしか認められておらず、無力感や自責の念を感じることもある。

 ミーティングでの振り返りや感情の共有が推奨されているが、署に戻る間もなく次の現場へ出動し、職務への使命感・責任感からつらい気持ちを隠しがちになる。日常の救急業務の中で蓄積したストレスに、十分な介入やケアが必要だ。

身近な人との関係
龍谷大学大学院社会学研究科・元湖南広域消防局長 三上民喜(みかみ・たみき)氏

龍谷大学大学院社会学研究科・元湖南広域消防局長 三上民喜(みかみ・たみき)氏
龍谷大学大学院社会学研究科・元湖南広域消防局長 三上民喜(みかみ・たみき)氏

 2016年と18年に二つの消防機関で惨事ストレスの実態調査を行い、出動した救急隊員の約6割が何らかのストレス反応を自覚していることが分かった。

 大半がストレスを解消するための行動(コーピング)を取っており、多くの救急隊員は「一緒に出動した同僚との会話」を通じて活動状況の共有・整理を行い、ストレスの状態を打ち明けていた。一方で「家族との会話」は3人に1人程度にとどまった。守秘義務や、家族に負担をかけたくないという心理が働くからだ。

 惨事ストレスへの対応には、多くの人たちからのサポート(ソーシャル・サポート)が欠かせない。共感や信頼、心配によって元気が出るし、仕事を手伝ってもらえると緩和につながる。身近な人たちと、しっかりした関係をつくることが大切だ。

労働者として支援
大和大学保健医療学部教授・保健師 畷素代(なわて・もとよ)氏

大和大学保健医療学部教授・保健師 畷素代(なわて・もとよ)氏
大和大学保健医療学部教授・保健師 畷素代(なわて・もとよ)氏

 1995年の阪神・淡路大震災以来、災害時の心のケアが注目されるようになったが、被災者がクローズアップされ、災害援護者の問題は見逃されてきた感がある。2004年の新潟県中越地震では私も小千谷市に派遣されたが、同じように感じた。

 一方で、日本赤十字社による心のケアは、個々の被災者に提供する「心理的支援」と、避難所や地域に基づいた「社会的支援」を目指している。16年の熊本地震では、自治体職員への心のケアも行われた。

 保健師の立場としては、労働安全衛生法に基づいて、災害援護者を「労働者」として支援し、被災地を「職場」として捉えることが重要だと考える。自己責任で安全を守るよう求められる災害ボランティアについても、災害援護者として支援すべきだ。

 

【用語解説】スピリチュアルケア

 人生の不条理や死への恐怖など、命にまつわる根源的な苦痛(スピリチュアルペイン)を和らげるケア。傾聴を基本に行う。緩和ケアなどで重視されている。

【用語解説】惨事ストレス

 災害や事故など救援活動の現場で、トラウマを引き起こすような出来事から受ける強いショック。消防職員や警察官、自衛官、海上保安官などの救援者が受ける。高い使命感と責任感から無力感を覚えやすく、「隠れた被災者」といわれることもある。

【用語解説】チャプレン

 主にキリスト教で、教会以外の施設・団体で心のケアに当たる聖職者。仏教僧侶などほかの宗教者にも使われる。日本では主に病院で活動しており、海外には学校や軍隊などで働く聖職者もいる。

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