2022年9月1日
※文化時報2022年4月15日号の掲載記事です。
曹洞宗僧侶の野田大燈(だいとう)氏(76)が理事長を務める若者自立塾「喝破(かっぱ)道場」(高松市)が、農福連携=用語解説=を本格的に始めた。発達障害やひきこもりなどの若者が農業の職業訓練を受け、人手不足の農家などに就労するためのマッチング事業を行っている。僧侶の社会貢献を常に模索してきた野田氏は「お寺は生きづらさを抱える若者の窓口であってほしい」と願っている。
農場で栽培したハーブに、山から切り出したクヌギの原木に菌を植え付けて育てたシイタケ。喝破道場では、発達障害やひきこもりで対人関係が苦手な若者たちが、さまざまな農作物を育て、自給自足の生活を送っている。
自然あふれる環境で過ごし、生活のリズムを整えることにより、若者たちは本来持っている優しさや慈愛が引き出される。
また、農作業に従事することにより、「発達障害のある人は、きっかけ一つで隠れていた才能が開花し、農業に生かせる」と、野田氏は語る。
集団生活の基本にあるのが、坐禅。読経や写経も、声を出したり文字を書いたりといった習慣につながる。気持ちを外に出せるようになれば、少しずつ自信も付いてくる。
こうした特徴を生かし、農林水産省の助成制度を利用して昨年11月に農福連携を始めた。全国から若者5~6人を常に預かっているが、今後は地元農家への就労を見越し、農業に興味のある塾生を広く募るという。
野田氏は「お寺は檀家さんの中にひきこもりや不登校で困っている方がいないか、ぜひ尋ねてほしい。そうした子どもたちに対応する窓口になれば、お寺は新たな存在価値を生み出せる」と、呼び掛けている。
野田氏は得度したばかりの1974(昭和49)年、高松市の山あいに禅道場「かっぱ禅道場」を立ち上げた。元々は鍼灸・指圧と医療機器の販売をなりわいとしていたが、知人の紹介で仏道に目覚め、僧侶として人を救う道を志した。
だが、葬儀でお経を読むことばかりが続くうち、疑問を感じるようになった。「お釈迦様は、生きる人を救おうとしていたはずだ。今を苦しむ人を救いたい」。道場に非行少年や不登校児を受け入れ、福祉活動を本格的にスタートさせた。
子どもたちと一緒に坐禅を組み、畑を耕し、時には無人島でサバイバル合宿を行う。近隣には、児童養護施設を開設した。こうした活動が評価され、89年には仏教精神によって青少幼年の育成に尽力する人々に贈られる第13回正力松太郎賞を受賞した。
現世の人を救う活動こそ、寺院が果たすべき役割だ―。そうした考えが実を結び、評価された。
2000年代には欧州から坐禅体験の若者を迎え入れ、講演会やチャリティコンサートを開催。各施設の充実も図った。
そんな中、大本山總持寺(横浜市鶴見区)の板橋興宗貫首(当時)から直々に要請を受け、01年に後堂に就任した。修行僧のまとめ役として、僧堂の〝校長〟にも相当する役割を、約10年間務めた。
だが、大本山の重職よりも、高松の山の中で若者たちと共に過ごす方が、性に合っているようだ。
「不登校の子どもたちに『どうして学校へ行かないんだ?』と聞くと、ほとんどが『本当は行きたかった』と答える。何かが彼らの心にふたをしてしまったのだろうが、喝破道場で坐禅と農業に触れると、少しずつ剝がされていく」。若者が変化し成長する姿を見ることが、何よりもうれしいのだという。
野田氏は近くの自坊・報四恩精舎で住職を務めているが、檀家を持たず、喝破道場の理念である「忘己利他」を地で行く福祉活動を続けている。塾長は子息の大然(だいねん)氏に譲ったものの、今後も理事長として喝破道場を牽引していくつもりだ。
【用語解説】農福連携(のうふくれんけい)
障害者らが農業分野で活躍し、社会参画を実現する取り組み。障害者の雇用や就労、生きがいづくりだけでなく、高齢化が進む農業分野の担い手不足を解消する狙いもある。2016(平成28)年に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」に推進が盛り込まれた。