2023年6月26日
※文化時報2023年5月19日号の掲載記事です。
「1カ月に1度の食事提供で、残りの29日は大丈夫なのか」。そんな心配が原動力だった。2019(平成31)年に子ども食堂=用語解説=を始めた浄土宗勝榮寺(山口県周南市)の原田宗隆住職(48)は、子ども食堂の輪を近隣地域の官・民・学へ広げることで、貧困家庭の支援を強化してきた。「1人の声は小さいが、みんなの声は広がりと持続力を生み出す。『安心して困る』ことができる地域になってほしい」と話す。(山根陽一)
スタートと同時に、原田住職は動いた。子ども食堂は、地域コミュニティーの中で学校や家とは別の「第3の居場所(サードプレイス)」となることを目指すが、一つのお寺だけでは限界がある。食事や学習支援を充実させるには、地域全体で情報を共有し協力し合う体制が必要と考えたのだ。
さまざまな団体に呼び掛け、行政に相談しながら、周南地域子ども応援連絡協議会「周南ちるちあネット」を設立。今では周南市、下松市、光市の子ども食堂や地域食堂、NPO法人フードバンク山口、全国農業協同組合連合会(JA全農)、明治安田生命、周南市社会福祉協議会、周南公立大学、徳山大学など40以上の団体と連携している。
これによって子どもの居場所は充実し、学習や遊びの場にもなった。食品を配布する「フードパントリー」の開催、子ども食堂の新規開設支援、補助金情報の共有、ボランティアの紹介や募集などの活動が飛躍的に充実したという。
コロナ禍で行動が制限されたときも、休校の状況を見ながら、オープン時間を短縮したり食事を弁当に切り替えたりして活動を続けた。最近では防災を考え、災害支援活動も実践している。「非常時でも頼りになる存在を目指したい」と、原田住職は語る。
原田住職は大正大学で約10年間職員として勤務した後、09年に勝榮寺の住職に就いた。当時から過疎化に危機感を抱き、お寺がすべきことを考え続けた。その答えが、将来を担う子どもたちの居場所づくりだった。
檀家は高齢で一人暮らしが多く、見守りが必要だった。「子どもたちと一緒に楽しく食事をする機会があれば」と思い、子ども食堂に着目した。将来は3世代が交流できる場になってほしいとの願いもある。
「地域の大人が子どもの成長を見守るとともに、大人同士も交流できるのが子ども食堂。子どものための福祉活動が、地域活性化のヒントになる」
こうした活動に高校生や大学生など地元の若者が加わることで、郷土愛や帰属意識が醸成できるのではないかとも考えている。「地元にいい思い出があれば、いずれはUターンする気持ちが生まれると思う」と話す。
一方、宗教者は福祉の専門家ではなく、子ども食堂を開くだけでは根本的な課題を解決できない。「子どもとの交流の中で、虐待や栄養不良、ヤングケアラー=用語解説=などさまざまな背景を見つけ、行政など適切な機関へ橋渡しするのが役割」と、原田住職は語る。
最近は「貧困」という言葉にも疑問を呈する。「貧困家庭だと思われたくなくて、子ども食堂に来ることを拒絶する子がいる」。貧困は経済的な困窮だけを意味せず、「孤独や不安を打ち明ける友達や家族がいないという『心の貧困』を抱えた子どもも多い」と実態を明かす。
原田住職は言う。
「私たちに何もかもできなくても、できることはある。まずは隣の人を笑顔にすることが大切」
【用語解説】子ども食堂
子どもが一人で行ける無料または低額の食堂。困窮家庭やひとり親世帯を支援する活動として始まり、居場所づくりや学習支援、地域コミュニティーを形成する取り組みとしても注目される。NPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」の2022年の調査では、全国に少なくとも7331カ所(速報値)あり、宗教施設も開設している。
【用語解説】ヤングケアラー
障害や病気のある家族や高齢の祖父母を介護したり、家事を行ったりする18歳未満の子ども。厚生労働省と文部科学省が2021年4月に公表した全国調査では、中学2年生の5.7%(約17人に1人)、全日制高校2年生の4.1%(約24人に1人)が該当した。埼玉県は20年3月、全国初の「ケアラー支援条例」を制定し、県の責務による支援を明示した。