2023年10月19日 | 2023年10月20日更新
※文化時報2023年9月1日号の掲載記事です。
NPO法人「わ」が営む通所介護施設「結(ゆい)」(千葉県九十九里町)で8月23日、盂蘭盆会(うらぼんえ)の法要と茶話会が行われた。浄土真宗本願寺派清心寺(茨城県ひたちなか市)副住職の増田廣樹さん(44)と敬西寺(群馬県高崎市)僧侶の松岡晃徳さん(46)が訪問した。企画した「わ」の副理事長で看護師の潮礼佳(うしおあやか)さん(42)は「僧侶との交流は、高齢者が自ら生きようとする力を強め、確実に記憶に刻まれる」と話し、医療者にはない僧侶の存在感が心に大きく影響すると実感している。(山根陽一)
九十九里海岸に近い「結」は、潮風が吹き抜ける自然環境に恵まれた一軒家。10人前後の高齢者が通い、昼食、おやつ、入浴のほか脳を活性化させるゲームやカラオケなどを楽しむ。夏の行事としては流しそうめんやお寿司パーティーがあるが、僧侶による法要も恒例になりつつある。昨年のお盆、今春のお彼岸に続く3回目という。
通所者で最高齢の柳川みつさん(96)は、数カ月前からこの日を楽しみに亡夫の位牌(いはい)を毎日磨いてきた。「お坊さんの姿を見て、話を聞いてもらうと癒やされる」と話す。柳川家は真言宗だが、2人の僧侶は「本願寺派の読経でよろしければ」と伝え、宗派を問わずに供養する。
パートナーの遺骨を安置したままだった田島君代さん(81)は「供養してもらえて安心。この人の宗派は分からないけれど」と涙ぐんだ。「故人を仏様の元へ導く役割は、どの宗派の僧侶も同じ。遺族の心に届く法要を心掛けたい」。導師を務めた松岡さんは語った。
潮さんは「高齢者は流しそうめんの行事は忘れても、お坊さんが来たことは不思議と覚えている。記憶に刻まれる力を持っているのが僧侶」と、その存在感に驚く。
潮さんは千葉県内の福祉施設で看護師として働きながら地域包括ケアシステム=用語解説=の実現を模索するが、高齢者や終末期の患者のケアに限界を感じていた。「医療だけでなく、心のアプローチが必要なのではないか」
2018(平成30)年に増田さんらと出会い、僧侶の「人の心に寄り添う」役割を知った。力になってもらおうと決めた。当初は「葬式でもないのに」「特定の宗派の方を呼ぶのはどうか」というスタッフの不安もあったが、実践してみると杞憂(きゆう)に終わった。
法要の間、高齢者たちは読経に耳を澄ませ、心穏やかに過ごしている。「子どものころ、お寺で遊んだり、お墓参りをしたりという記憶は誰にもある。そんな輝かしい日常の延長線上にお坊さんがいて、人生の終わりに差し掛かった時に寄り添ってくれる。それで和やかな気持ちになれるのかな」と潮さんは話す。
2人の僧侶はこの日、「結」の法要の前に、「わ」が営む有料老人ホーム「ぴあ」でも盂蘭盆会を営んだ。ここには寝たきりの入居者もいるが、穏やかな表情でお経に耳を傾け、法話に聞き入った。
増田さんは「私たちが最期に何か役立つことができるわけではない」とした上で、「人は必ず過ちを犯す。それを私たちが黙って許すことで、『過去を許してもらえる』と思ってくれれば」と語った。
「結」での法要後、茶話会が始まるとにぎやかな笑い声が聞こえ始めた。若いころは石原裕次郎の大ファンだったという松山洋子さん(91)は「今日のお坊さんの方がすてき」と目を潤ませ、秋田県内の曹洞宗寺院に縁があるという佐藤美子さん(84)は「田舎に帰れない中、ちゃんと手を合わせる機会があってうれしい」と笑った。
仏壇のお焚(た)き上げの相談を持ち掛けたり、亡くなったらお骨を全て海にまいてほしいと頼んだり。死にまつわる話題でも、自然と会話は弾み、通所者もスタッフもおやつの時間を楽しんでいた。
「ここに通う高齢者は元々元気だけど、『それでいいんだよ』と言ってくれる僧侶が来ると、さらに生命力が増す。生きたいように生き、最期まで笑顔でいるために、今後もお坊さんにサポートしてもらいます」。潮さんはきっぱり言った。
【用語解説】地域包括ケアシステム
誰もが住み慣れた地域で自分らしく最期まで暮らせる社会を目指し、厚生労働省が提唱している仕組み。医療機関と介護施設、自治会などが連携し、予防や生活支援を含めて一体的に高齢者を支える。団塊の世代が75歳以上となる2025年をめどに実現を図っている。