2023年12月14日
※文化時報2023年11月7日号の掲載記事です。
栃木県佐野市の浄土宗一向寺(東好章住職)は10月28日、障害のある子やひきこもりの子の面倒を親が見られなくなることに備える「親なきあと」に関する講演会を開いた。地元や近隣の当事者家族、支援者、檀家ら21人が参加。それぞれの立場で今、自分に何ができるのかを考えた。
一般財団法人お寺と教会の親なきあと相談室(小野木康雄代表理事)の佐野市一向寺支部が開設されたのを記念した講演会。東住職は、悩みを僧侶に相談できるインターネットサービス「hasunoha(ハスノハ)」や自死・自殺に向き合う僧侶の会などで積極的に社会活動に携わっており、「親なきあと」に対しても心を寄せている。
講演会は、重度の知的障害のある長女の母親でもある同財団理事兼アドバイザー、藤井奈緒さん(50)を迎えて行った。
藤井さんは活動を始めたきっかけについて、障害のある子の親たちが制度や契約を知らなかったことで不利にならないようにするためだった、と明かした。「親なきあと」に対して「遠い将来のことと考えず、あしたその日が来るかもしれないと思って、できることから備えを始めてほしい」と呼び掛けた。
その上で、「心配し続けるのは、愛情の表れ。たとえ安心できなくても、納得する準備はできる」と強調。熊谷晋一郎・東京大学先端科学技術研究センター准教授の言葉「自立とは依存先を増やすこと」を引き合いに、依存先を増やすことを目指すべきだと説いた。
また、最終的には制度や契約よりも「互助」の方が大切だと指摘。内面に抱えているものを吐き出して受け止めてもらえる場と、聞いてくれる人が必要だとした上で「宗教施設と宗教者には、それができる。生涯にわたって家族丸ごとに寄り添っていただける」と語った。
民生委員も務める東住職は今回の講演に向け、佐野市や佐野市社会福祉協議会、地元の地域包括支援センターなどに声を掛け、参加者を募ってきた。市職員は別の行事の都合で出席できなかったが、講演資料を受け取りにお寺を訪問。職種や立場を超えて良好な関係を築きつつあることがうかがえた。
作業療法士で「とちぎきょうだい会」代表の仲田海人さん(30)は、自身の体験を元に、障害者のきょうだいらをサポートしている。小学生のころ、3歳上の姉が精神疾患で入院した。自分が親代わりになろうと考えたこともあったが、現実は難しく、支援者に「あくまで僕を弟でいさせてください」と頼んだという。
「お寺や教会は、過去から未来へ続く地域づくりの要だと思った。地域での伴走は当事者家族としても希望が持てる」と語った。
ある福祉職は、高齢の母親への支援をきっかけに、40年間ひきこもりを続けてきた息子と関わる機会があった。いわゆる8050問題=用語解説=の家庭だったが、母親は介入を拒んだまま健康状態が悪くなり、息子への支援はかなわなかった。
この福祉職は、講演後の質疑で藤井さんに「支援者への望みを聞けたことがうれしかった」と伝え、藤井さんは「支援者としても、傷ついたのではないかと思う。お寺はそれぞれの立場からSOSを出せて、共感し合える場であってほしい」と応じた。
他にも「さまざまな職種の方々との協働は不可欠。微力ながら関わりたい」と願う社会福祉士や、看護とと仏教の〝看仏連携〟に関心のある訪問看護師らも参加した。
東住職は「ご縁をつなぐこともお寺の機能。暗中模索で始めた取り組みだが、この輪を広げることによって、誰もが安心して生きていけるようになることを切に願う」と話した。
【用語解説】8050問題(はちまるごーまるもんだい)
ひきこもりの子どもと、同居して生活を支える親が高齢化し、孤立や困窮などに至る社会問題。かつては若者の問題とされていたひきこもりが長期化し、80代の親が50代の子を養っている状態に由来する。