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医療職目指し、宗教者と学ぶ 「医の倫理」20年

2024年1月25日 | 2024年7月8日更新

※文化時報2023年12月15日号の掲載記事です。

 医療職を目指す学生が宗教者との議論を通じて命の学びを深める「医の倫理合同講義」が開始から20年を迎えた。滋賀医科大学(大津市)で2003(平成15)年に早島理名誉教授がスタート。以来、医療現場での活動に関心のある宗教者が全国から参加する講義となった。今年はコロナ禍を経て4年ぶりに完全復活。終末期患者に対し、医療と宗教の立場からどう向き合うのかを考える場として、改めて注目されている。(松井里歩)

 滋賀医大で11月6日に行われた講義では、医学科4年生109人と看護学科1年生60人、外部からの宗教者など合わせて200人弱が参加。早島名誉教授や室寺義仁・同大名誉教授らが全体の運営を担い、事務局を務める龍谷大学大学院実践真宗学研究科の院生らも加わった。

 運営メンバーであり、臨床僧侶としても活躍する浄土真宗本願寺派の長倉伯博・善福寺(鹿児島市)住職が講義した後、学生らと宗教者が交ざったグループディスカッションを行った。

(画像①:講義する長倉住職=10月23日)
講義する長倉住職=10月23日

 今回は「がんで予後1週間となったが、小学3年の息子に死を迎えることを伝えるべきか悩んでいる40歳男性に、どのような助言をするか」など、長倉住職が実際に経験した事例をグループで検討。医療者あるいは宗教者として、どのような言葉をかければいいかを話し合った。

 議論では「精神安定剤のようなもの」「宗教観で死後の価値観が決まる」など、それぞれが持つ宗教のイメージを伝え合う場面もあった。

 宗教者との会話の中で、宗教そのものへの理解と価値観を深めていき「もっと知りたくなった」と話す学生もいた。

 議論の後は、各グループの代表者が発表し、話し合った内容を全体で共有。終末期患者に対し「今日生きるための小さな目標を見つけられるようにする」「似た状況にあった患者がどう選択したのか、前例を伝えられるのは医療者の特権ではないか」といった意見があった。

(画像②:医療と宗教について話し合い、意見を発表した=11月6日)
医療と宗教について話し合い、意見を発表した=11月6日

 ほかにも「苦しい時に神仏に頼りたくなる気持ちは、死を受容するための入り口や、ケアにつなげられるのでは」と、宗教者との対話で得た気付きが紹介され、学生らにとって、宗教の考えを取り入れた医療の在り方を知る機会となった。

 早島名誉教授は「生老病死の全てが命であるというのは宗教の考えで、医療者も必ずそれに関わる」と指摘。医療者を目指す学生に講義を行う意図について「死にゆく患者とその家族を支えるとは、どういうことか。医療者として、何ができて何ができないのか。宗教者と話すことで、考えてもらいたい」と話している。

語られない物語探る 本紙記者も議論

 滋賀医科大学の講義に先立つ10月23日には、真宗大谷派の関係学校、京都光華女子大学(京都市右京区)で看護師を目指す学生が宗教者らと意見を交わす授業「仏教看護論Ⅱ」が行われた。看護学生と外部の宗教者ら約110人が、医療者にとって必要な姿勢を考え、記者も授業に参加した。

 「仏教看護論Ⅱ」は健康科学部看護学科4年生の必修科目で、「医の倫理合同講義」の事前学習会の役割も持つ。

 長倉住職はディスカッション前の講義で、多くの患者には、語った物語だけでなく「語らなかった物語」や「語りたくない物語」があると話し、「語られた物語だけで患者の全てが分かったふりをしないことが大切だ」と伝えた。

 全国から集まった宗教者らも含め10人ずつのグループに分かれたディスカッションでは、長倉住職が実際に経験した三つの事例をもとに、その患者にどう関わるべきかを検討した。記者が参加した11グループではまず、予後1年と診断された60代男性が、退院して完治したと思っている娘3人にどう伝えればよいかという事例について考えた。

 今年の4年生はコロナ禍で十分な日程での実習ができなかったという背景がある。加えて、終末期患者と接した経験がなく、どのような状況なのか想像しにくそうだった。

 そうした中、楊川由茉さんは、自身の祖母を亡くした経験を交え「祖母が弱っていくのを見守っていたから、最期はあまり悲しまずに見送れた。きちんと伝えた方がすっきりする」と話した。

 福本佳代さんは急性期病棟での実習で、同じように精神的に弱った人を見たことを振り返って「何となく分かる」と語り、その時の様子を共有した。

(画像③アイキャッチ兼用:事例を検討し合う学生らと宗教者)
事例を検討し合う学生らと宗教者

 北海道で臨床宗教師=用語解説=として活動する僧侶の江尻徹誠さんは「家族との関係性や会う頻度によっても、打ち明けにくさは異なるはず」など、事例を考えるためのヒントとなる言葉を投げかけ、学生らをサポートしていた。

 次の事例は、肺がん末期の63歳男性。仕事ができ、病弱な妻のために家庭を支えてきたものの、病気になって「情けない、死んだ方がいい」と話しており、どう応対するかを考えた。

 記者も意見を求められたため「夫や仕事、あるいは妻を看病するなどの多くの役割を一気に喪失してしまったことが、本人に大きな影響を与えているのでは」と発言した。学生らは真剣に話を聞いてくれ、「不安や思いを本人に言語化してもらって、妻にも話を聞いてみるのがいいのでは」などとアイデアを広げた。

 全員が、どんな患者なのかを懸命に想像した。「家族が遠方に住んでいるなら、オンラインで少しずつ会話する時間を取れるようにすればいいのでは」「また新しい役割ができる可能性を、話しながら一緒に見つけていけたらいい」。こうした意見からは、学生らの控えめな優しさが感じられた。

 あと半年もたたないうちに医療現場に出ていく看護学生たち。いつか、どうにもならないことで悩む時に、きょう学んだ仏教精神が役立つのではないか―。今後、どのような看護師になるのか楽しみになるとともに、記者にとっても、命との向き合い方を考えさせられた一日となった。

【用語解説】臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし=宗教全般)

 被災者やがん患者らの悲嘆を和らげる宗教者の専門職。布教や勧誘を行わず傾聴を通じて相手の気持ちに寄り添う。2012年に東北大学大学院で養成が始まり、18年に一般社団法人日本臨床宗教師会の認定資格になった。認定者数は23年5月現在で212人。

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