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人権守れば戦争起きない テレジン収容所の教訓

2025年8月9日 | 2025年9月4日更新

 第2次世界大戦中、「アウシュビッツへの控室」と呼ばれたチェコ北部のテレジン収容所に関するパネル展「テレジン収容所の小さな画家たち」が5月3日〜6日、埼玉県滑川町の古民家ギャラリーかぐやで開催された。3日はノンフィクション作家で「テレジンを語りつぐ会」代表の野村路子さん(88)=埼玉県川越市=と、イスラエル出身の元軍人のダニー・ネフセタイさん(68)=埼玉県皆野町=が「戦争と人権」をテーマに対談を行い、訪れた老若男女約80人が熱心に聞き入った。

子どもたちが何を見て、何を失ったのか

 江戸後期に建てられた古民家に、テレジン収容所の子どもたちの絵や収容所のことが書かれたパネル30点ほどが展示された。

 来場者たちは、過酷な環境で生きた子どもたちの心理状態が反映された絵や詩を鑑賞し、「思わず胸が詰まる」と口々に感想を漏らした。

会場となった古民家ギャラリーかぐや
会場となった古民家ギャラリーかぐや

 対談では、まず野村さんが「テレジン収容所」について語った。街全体がテレジンシュタットというドイツ語の収容所になっていたこと。当時のナチス・ドイツによる収容所の数は、細かいものまで数えると9000ほどあったこと―。

 テレジン収容所では10~15歳の子どもたちが、親と引き離され、強制労働を強いられていた。飢えと寒さに苦しみ、働けないと判断されると「東へ行け」と次々にアウシュビッツへ送られた。

 テレジンは他の収容所とは違い、ガス室はなかったが、凍死、餓死、病死あるいはドイツ兵からの暴力により大勢の死者が出たため、大きな焼却炉を作らねばならない悲惨な環境だった。

 そんな中、フリードル・ディッカー・ブランデイズという女性画家が命懸けで、子どもたちに絵を教え、生きる希望を与えたのだった。

野村路子さん
野村路子さん

 野村さんは1989年、東欧を旅した際に、偶然ユダヤ人博物館でテレジン収容所の子どもの絵を見たことから、この問題に関わるようになった。

 フリードル・ディッカー・ブランデイズもアウシュビッツで殺されたが、彼女の功績は約半世紀たって、野村さんによって発見された。以降、野村さんは子どもたちの絵の展覧会を日本各地で開催し、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の犠牲になった人々のことを語り継いでいる。

 昨年6月、野村さんはプラハに渡り、テレジンの子どもたちの住んでいた家を見に行った。現在は集合住宅として多くの住民が住んでいるが、エントランスと地下室を見学することができた。

 よく見ると、階段の真ん中がたわんでいたという。「戦時中に、どれほど多くの子どもたちがいたのか実感できる」と、切ない表情を浮かべた。

 

元イスラエル兵士の人権に対する見解

 一方、ネフセタイさんは19歳から徴兵制によりイスラエル軍に入隊。3年間空軍に所属し、退役後にアジアを旅して日本に来た。1988年から埼玉県内に住み、家庭を築き、家具製作の仕事をしながら人権活動家として、反戦や反原発について訴えている。

野村さん(左)と対談するダニー・ネフセタイさん
野村さん(左)と対談するダニー・ネフセタイさん

 ネフセタイさんの親族はホロコーストにより殺され、曽祖父はテレジン収容所で凍死したと聞いている。祖父は戦前にパレスチナに移住していたため、収容所送りにはならなかったが、戦後にアウシュビッツを訪れた際のトラウマから自殺したという家族の歴史を語った。

 「戦争になると、大人は平気で子どもにも銃を向けて、『戦争だから仕方ない』と開き直る。正常な判断ができない人たちには、周りからゆっくり丁寧に『争いはおかしいことだ』と伝えなければならない」と、対話で解決する大切さを述べた。

 さらに、2023年10月7日に起きたイスラム組織ハマスの戦闘員によるイスラエルへの奇襲攻撃について語り、現在のイスラエルとパレスチナの社会状況について解説した。

 「現在のイスラエルはユダヤ人でありながら、ドイツ製の兵器を使い、ガザで殺し合っている。かつて、ホロコーストでドイツ兵に殺されたテレジンの子どもたちは今の状況を見て何を思うのか」と、イスラエルの姿勢に批判的だ。

約80年前に描かれた子どもたちの絵
約80年前に描かれた子どもたちの絵

 小さい頃から「国のために死ぬことが素晴らしい」と教えられ、戦うことが悪いことだと考えなかったというネフセタイさん。だが、日本を訪れてから祖国の教育に対する疑問を持つようになった。「今は人権より大切なものはないと感じる」と熱く語る。

 

不幸の連鎖ではなく、幸福を求めて

 後半は、「どうしたら、この戦争を断ち切れるのか」と野村さんがネフセタイさんに問いかけた。

 ネフセタイさんの考える唯一の解決法は、イスラエルがパレスチナ国家を正式に認めることだという。お互いが大切にしている「嘆きの壁」と、その上に建つ「岩のドーム」を国際的に管理し、誰でも入れる場所にすることだと、スクリーンに写真を映しながら話した。

 「そうでなければ、第3次世界大戦が始まるかもしれない。核兵器を持っていても国を守れないなら、対話すること。幸せになるためにどうしたらいいのか、今日から考えることが大事」と訴えた。

対談の前にはバイオリンの演奏が行われた
対談の前にはバイオリンの演奏が行われた

 難しいテーマを扱いながら、テレジン収容所を通じて共通点のあった2人の対談は、最後までユーモアと優しさを忘れなかった。来場者を置いてきぼりにしない語り口で、会場からは時折笑いも起き、和やかな空気に包まれた。

 子どもたちの絵に囲まれながら、平和について考え、小学生から高齢者まで「今日から自分たちに何ができるのか」と改めて考えさせる機会となった。

野村路子(のむら・みちこ)

 ノンフィクション作家、「テレジンを語りつぐ会」代表 1937年生まれ。東京都出身。早稲田大学第一文学部仏文科卒。コピーライター、タウン誌の編集長やラジオパーソナリティーを務め、89年、プラハでテレジン収容所の子どもたちの絵と出会い、91年から日本で展覧会を開催。『テレジンの小さな画家たち』『生還者の声を聴いて』など著書多数。ホロコーストの事実を知らせるため、ポーランドやチェコ、イスラエルを訪ねるツアーなどを実施している。2011年から「フリードルとテレジンの小さな画家たち」が小学校6年の国語教科書(学校図書刊)に掲載されている。

テレジンを語りつぐ会

ダニー・ネフセタイ

 人権活動家、家具作家 1957年生まれ。イスラエル出身。空軍で3年間兵役を務め、退役後に来日。神奈川県の家具会社で勤務後、88年に東京から埼玉県皆野町へ移住し、木工房ナガリ家を開設した。夫婦で家具や遊具、小物などを製作している。戦闘を続けるイスラエルを批判し、各地で講演会を行っている。

 

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