2025年6月6日
みなさまが野辺をそぞろ歩いておいでの時には、
蝶(ちょう)にでもなって、お袖のあたりに戯れまつわりましょう。
――小説家、樋口一葉(1872~1896)
今回紹介する名言は、死の床についた樋口一葉がのこした言葉です。
このような境地に至るには、長い年月を費やしさまざまな経験をしなければならないように思えますが、当時の一葉はわずか24歳でした。
一葉は小学校高等科を首席で卒業後、歌塾「萩の舎」で頭角を現すなど、10代前半の頃から才能の片鱗(へんりん)を見せていました。
しかし17歳のときに父親を亡くし、母と妹を一人で養うことになってしまいます。一葉は小説を書いて生計を立てようとしますが、すぐには結果が出ませんでした。『たけくらべ』などの文学史に残る傑作を執筆したのは、亡くなる前のたった14カ月間のことでした。
文壇からも高い評価を得た一葉の元には、何人もの見舞客が訪れました。話すこともままならない体で、一葉は彼らにこう語りかけたのです。
「みなさまが野辺をそぞろ歩いておいでの時には、蝶にでもなって、お袖のあたりに戯れまつわりましょう」
「この次あなたがお出(い)でになる時には私は何になっておりましょうか。石にでもなっておりましょう」
一葉は高い視座を得て、死の床に横たわる自分までも冷静に俯瞰(ふかん)していたのでした。