2025年8月23日
※文化時報2025年4月25日号の掲載記事です。
伏見稲荷大社(京都市伏見区)の近くに、座席の大半を車いすにしたカフェがある。店の名は「Wheelchair cafe SPRING」(ウィルチェアカフェ スプリング、同市東山区)。車いすユーザーが気兼ねなく来られて、そうでない人も実際に乗ったり動かしたりして体験できる。オーナーの中村敦美さん(57)は「心のバリアフリーを進めるお手伝いができれば」と語る。
JR稲荷駅から北へ徒歩5分。外国人観光客でにぎわう伏見稲荷大社の門前から少し離れた所に、スプリングはある。看板メニューは、具材をたっぷり挟んだ焼き肉やだし巻きなど9種類の「おむすびサンド」と、だしをかければみそ汁になる「味噌(みそ)玉みそぽん」だ。

特長は、何といっても店内の車いす。座席の代わりに14台置かれている。飲食に訪れるお客の大半が好意的に座るといい、店内を自由に動き回る人もいる。
「車いすに興味があっても、病院だと触ったり座ったりできない。ここなら好きなだけ体験できるし、車いすの大変さを実感できれば、まちへ出たときに手助けするハードルが下がるはず」と、中村さんは話す。
テーブルは車いすに合わせて特注。ひじ掛けが収まるよう、通常の飲食店のものより3~5センチほど高くし、車輪がぶつかるのを避けるために脚や筋交いを取り除いた。
そこまでして車いすにこだわるのには、理由がある。
中村さんは、介護保険外のサービスを提供する株式会社サポートどれみ(同市南区)の社長を務めている。その傍ら、2020年に別会社を立ち上げて旅行業に参入。介助の必要な人向けに旅行プランを作成してきた。
京都旅行は、もちろん高齢者や障害者にも人気がある。だが準備段階で、宿泊先や飲食店などに受け入れ可能かどうかを問い合わせては断られることを繰り返すという。
実際、中村さんの元にはさまざまな相談や依頼が寄せられる。修学旅行先に京都を選んだある特別支援学校からは、昼食に嚥下(えんげ)食を出せる所はないかと尋ねられた。車いすユーザーのグループからは、カジュアルに食事のできる飲食店を見つけてほしいと頼まれた。

これほどの観光都市なのにバリアフリーの飲食店が少なく、高齢者や障害者がストレスをためるのは胸が痛い。ならば、問い合わせなく入れる店を自分が作ればいいのではないか―。
座席を車いすにすれば、車いすユーザーが当たり前のように来られる。「ハンディキャップのある人をえこひいきするために作った場所と言ってもいい。心のバリアフリーが実現するような環境づくりをしたい」。中村さんは力を込める。
スプリングは、就労継続支援B型事業所(就B)=用語解説=としての顔も持つ。知的障害や精神障害のある人たちがスタッフに支えられながら働き、接客や食品加工、店内で販売する小物作りなどを行っている。
中村さんの次女はダウン症で重度の知的障害があり、小学校から高校まで12年間、特別支援学校に通った。これまで見学してきた就Bは、利用者が暗い表情で単純作業を繰り返し、スタッフは売り上げを上げるために必死で内職していた。
「障害のある人が、明るく誇りを持てて自慢できるような事業所をつくりたい」。これが、中村さんの長年の目標だったという。

経営的には決して楽ではない。就Bの利用者もまだ定員に空きがある。それでも、店は地域の人々に認知されつつあり、講演会やワークショップに使われる機会も出てきた。
「車いすは、誰もが利用する可能性のある道具。ユーザーの苦労に思いをはせることが、結局は自分のためになる」と中村さん。スプリングのような車いすカフェが、全国各地に広がることを願っている。

【用語解説】就労継続支援B型事業所
一般企業で働くことが難しい障害者が、軽作業などを通じた就労の機会や訓練を受けられる福祉事業所。障害者総合支援法に基づいている。工賃が支払われるが、雇用契約を結ばないため、最低賃金は適用されない。