2024年12月20日
※文化時報2024年10月11日号の掲載記事です。
こんなワークショップがあります。AさんとBさん、2人で組んでいただきます。一方は相談する人、もう一方は相談を受ける人と役割を決めます。相談をするAさんは、何か一つ、現在抱えている困り事や悩み事をピックアップして、Bさんに2回、同じ内容で相談します。Bさんにはそれに答えていただきます。
まずは1回目。BさんにはAさんの話を、黙って聞いてもらいます。アドバイス禁止です。共感も励ましも不要。ただただ黙って、Aさんの話に耳を傾けてあげます。
2回目は、Bさんがどんどんアドバイスするようにします。「それはこうしたらいいんじゃないか」「その場合はこういう方法があるよ」「私の経験からすると…」「理論的には…」。多角的にあらゆる方面から、なるべくたくさんのアドバイスをしてあげます。
さて、このワークショップで体感したいのは、どちらがAさんの利益になったでしょう、ということではなく、どちらの答え方がBさんにとって気持ちが良かったでしょう、ということです。
黙って聞くのと、アドバイスをするのと、どちらが気分いいか。ぜひ、実際にやって体感していただきたいのですが、これまでの実践結果から申し上げると、十中八九、アドバイスをした方が、気持ち良いのです。自己肯定感が満たされるとでもいうのでしょうか。なんともいえない高揚感を伴う満足感に満たされ、それはそれは気持ち良くなるのです。
つまり、そういうことです。部下に、同僚に、子どもにアドバイスをするとき「あなたのために言っているんだ」と思っていますが、実は半分以上、自分が気持ち良いから言っているってことです。
しかも、会話の満足度はシーソーのようなものですから、こちらが上がれば、相手は下がります。一方的にアドバイスをされたAさんは、実は何の利も得ていないなんてことがしばしばです。