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「文化時報」コラム

㉒泥が忍び寄ってくる

2023年2月19日

※文化時報2022年7月8日号の掲載記事です。

 知人が責任者を務める施設で、入居者の方が逝かれたそうです。真夜中に部屋を出て、近くの公園で。脳梗塞を患い麻痺(まひ)が残るものの、自ら食事を作り、できることは自分でという孤高の方だったとか。常々、「俺は他人に迷惑をかけて、世話になってまで生きていたくない」が口癖だったそうです。

傾聴ーいのちの叫び

 知人いわく、「彼には”絶望”しかない未来がはっきりと見えていたんだと思う。だからまだ自分で動けるうちに、心の自由を手に入れたんだろう。そう遠くない将来に、それすらかなわなくなるのだから」

 ここのところ、周りで同じような出来事が続いています。

 そのたびに、施設の管理体制や職員の関わり方を批判する声が上がり、人と人との関係が濃厚であったら避けられた事態だったのに、という評を耳にするのですが…。

 私の体感としては、そうしたまっとうな見解を口にされる方々の大半が「今に満足できている人」なんです。ご家族がいらっしゃって、住む所もあって、とりあえずのお金の心配もなく、地域の活動にも参加して社会問題への関心も高い。うがった見方かもしれませんが。

 せんだって封切りになったばかりの映画も、結局は小ぎれいにまとまっていたものなあ…。

 いや、いかん、いかん。風薫る丘の上からはるか彼方を見渡すばかりで、眼下に広がる湿地の泥に足を取られたことすらない私が物申すのは噴飯ものだ。深く反省。

 知人が最後にぽつりと、「つくづく、生きるって何だ?ということを見せつけられましたよ。どう生きるか、どう幕を下ろすか…。なんだろうなぁ。人間は、ややこしい動物だね」

 むっと煮え立つ夏の夜の闇に吸い込まれていく後ろ姿を見送りながら、泥にどっぷり腰まで漬かって果てしない作業を続けている知人への畏敬の念と、いつかその泥が知人の心にも染み込んでしまいやしないかという自分勝手な不安で、思わず手を合わせました。

 最近、夜の空気が重いです。

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