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「文化時報」コラム

㉓脆い体 儚い命

2023年2月26日

※文化時報2022年7月22日号の掲載記事です。

 命は儚(はかな)く、体は脆いものです。紙でも裂けてしまうような柔らかい皮膚。たった3分酸素がいかないだけで壊滅してしまう脳細胞。体温にしろPHにしろ、ごくごく狭い範囲の中でしか、今の状態を続けることができないのです。

傾聴ーいのちの叫び

 でも、日々何となく続いているから、この奇跡のような継続をいつの間にか「当たり前だ」と思ってしまっていました。実は毎日が綱渡りなのに。

 終末期の患者さんと過ごしていると、その綱渡りがリアルかというと…そうでもないような気がします。医学の観点から宣言された残りの日数をしっかり理解していらっしゃる方でも、「実感がわかないよ。本当に死ぬのかな?」とおっしゃるのをしばしばお聞きするからです。

 神様だか仏様だか分かりませんが、人間を創った大いなる何者かは、脆く創ってしまった穴埋めに、ぎりぎりまで「死」を認識しないようにしてくれたのかもしれません。

 「いつ死んでもいいように、常に前のめりに精いっぱい生きろ!」と、高校の時の担任が熱く語っていましたが、いやいや。朝、目を覚ますたびに「今日死ぬかもしれないんだから…」なんてやってたら、モチベーション下がるわあ~と思っていました。やっぱり、明日も明後日も、1カ月後も1年後もずっとずっと生き続けていくことを、無意識のうちに大前提にして日々を過ごしているのです。こんなに脆い体を持たされているのにね。

 必ず死ぬけど、必ず死ぬことを忘れる。大いなる何者かは、いったいどんな意図をもって、こんな仕組みにしたのでしょう。救いなのか、実験なのか。う~ん、分かりません。

 でも、一部の人たちが、そのことに気付いて声を上げています。「死」を考えよう。「死」をもって、「生きる」ことを考えよう。いつの時代にも、優れた人は出るものですね。頑張って付いて行こうっと。

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