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「文化時報」コラム

㉓実名か、匿名か

2023年3月7日

※文化時報2022年7月15日号の掲載記事です。

 私の著書『大崎事件と私―アヤ子と祐美の40年』では、登場人物の表記に実名と仮名が混在している。

ヒューマニズム宣言サムネイル

 ご自身が当初から堂々と実名で冤罪(えんざい)を訴えてきた原口アヤ子さんは、タイトルも含め実名で登場するが、「共犯者」とされた親族、被害者、近隣住民は仮名表記にしている。すでに全員故人だが、ご遺族にいわれなき誹謗中傷が向けられないよう配慮してのことである。

 一方でアヤ子さんを裁いた側の裁判官たちは徹頭徹尾実名で登場させている。

 誤判冤罪を許さないという世論がいまひとつ盛り上がらない原因の一つは、国民が「裁判所」を漠然と信頼している現状にある。これを変えるには、どの裁判官がどのような判決をしたかという情報が広く市民に共有され、良い判決は評価し、不当な判決は批判するという世論が醸成されなければならないと思うからである。

 アメリカでは司法に関する情報は公共・公開のものであり、連邦と多くの州で裁判記録はデータベース化され、パソコンから誰でもアクセスできるという。それが詳細な報道と自由な議論を可能にし、ひいては健全で成熟した社会の基礎だと考えられている。

 しかし、裁判記録に登場する関係者を全て実名で公開していいのだろうか。

 すぐに思い浮かぶのが少年事件だ。成長途上にある少年が過ちを犯したとき、法は処罰ではなく保護することにより少年を更生させ、社会に返すことを目指す。少年の実名が報じられてしまうと、「犯罪者」としてその存在を徹底的に批判され、社会から排除されることで更生が阻害される。だから少年法は罪を犯した少年の実名や写真などの報道を禁止してきた。

 ところが今年4月の改正で、18歳・19歳で「大人と同じ刑罰を科すべきだ」と家裁から判断された少年については、実名等の報道が解禁されてしまった。

 現代社会では、ひとたび実名が拡散すれば、何年にもわたってネット上にさらされることを避けられない。改正少年法施行直後の今年6月、立ち直り、幸せな家庭を築いていた人が、過去の前科をツイッターで拡散されたケースで、最高裁はツイートの削除請求を認めた。大人の前科であってもみだりに公表されるべきでないと判断されたのだ。

 執拗(しつよう)かつ陰湿なバッシングで命を絶つ悲劇もある。だから匿名化が必要な場合があると考える私に、つい最近真っ向から反対意見が投げかけられた。「実名を隠そうとすればするほど、社会は問題から目を背けていびつなままとなり、理不尽な差別はなくならない」と。

 真理かもしれない。でも、答えはまだ、出せずにいる。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。弁護団は即時抗告し、審理は福岡高裁宮崎支部に移った。

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