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「文化時報」コラム

㉔「ゆるし」の日を願う

2023年3月13日

※文化時報2022年7月29日号の掲載記事です。

 読者の皆さんは「天竜林業高校事件」という事件を聞いたことがあるだろうか。静岡県天市(現在の浜松市天竜区)の元市長が2008(平成20)年、静岡県立天竜林業高校の生徒だった孫を志望大学に推薦するよう、当時の校長だった北川好伸さんに依頼し、これを受けた北川さんがその生徒の調査書(成績資料)の改竄(かいざん)を指示、生徒が志望大学に進学した後、北川さんが元市長から2度にわたり謝礼として現金を受け取った―という文書偽造、贈収賄事件である。

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 しかし、客観的事実は、この高校で調査書が改竄されていたことだけだった。北川さんの指示で改竄した、という証拠は関係者の供述だけであり、元市長も後に、捜査機関の厳しい取り調べに屈して、北川さんにお金を渡したと自白してしまったが、孫への便宜を図るよう依頼したことも謝礼を支払ったこともない、と告白した。北川さんは、元市長の虚偽自白によって陥れられた冤罪(えんざい)被害者なのである。

 北川さんは元市長の新証言を新証拠として再審請求を行ったが、地裁と高裁はこれを認めず、現在は最高裁に特別抗告審が係属している。弁護団は地裁の段階から捜査機関の取り調べメモなどの証拠を開示するよう求めていたが、検察官は「不存在」と回答していた。

 ところが、北川さんから2年半遅れて元市長も再審請求を行ったところ、検察官が北川さんに「不存在」と回答していた捜査機関の取り調べメモが318枚も開示された。最高検が謝罪し、北川さんにも同じ証拠を開示するという異例の展開となっている。開示証拠には、元市長が2度目の謝礼を北川さんに渡すべく高校を訪れたとされる時間には、銀行にいたことを示唆する内容のものもあるという。

 先日私は、北川さんの教え子たちが中心となって主催した集会に招かれて講演した。会場は立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。生徒思いの教師だった北川さんの人徳のたまものだろう。

 集会の終わり頃、90歳になり、歩行にも介助が必要な状態の元市長が駆け付け「厳しい取り調べで自白してしまい、迷惑をかけた」と絞り出すような声であいさつした。北川さんは元市長に背を向けて下を向いたままだった。自分を罪に陥れた元市長を許すことができないのだ。しかし、元市長は自分の罪を軽くするために北川さんを引っ張り込んだのではない。二人とも捜査機関の筋書きに乗せられた無実の犠牲者なのだ。 

 二人の一刻も早い雪冤とともに、北川さんの元市長への「ゆるし」の日が来ることを切に願う。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁で審理が行われている。

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