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「文化時報」コラム

㉖認知症で残ること

2023年3月16日

※文化時報2022年9月9日号の掲載記事です。

 スピリチュアルケアは、「する」ものではなく「なる」ものだ、というのが私の持論です。そして、スピリチュアルケアが「なる」プロセスには、「相手の力」「場の力」「自分の力」の三つが作用します。

傾聴ーいのちの叫び

 さて、今日お話しさせていただこうと思いますのは、認知症の方との間にスピリチュアルケアは「なる」のか、ということです。

 ご承知の通り、認知症には同じことばかり繰り返し言うという症状があります。

 スピリチュアルケアが「なる」ために必要な「相手の力」とは、「語る力」です。とにかく、胸の中にある考えや思いを語っていただかないことには、始まりません。認知症では、その「語ること」がかみ合わなくなってしまうので、果たして、スピリチュアルケアは「なる」ことができるのか…という問題があるのです。

 結論から申しますと、私の拙い経験の積み重ねからではありますが、「なる」と確信しております。懸念される通り、会話はグルグルと同じところを回ります。話している場所も会社になったり、お城になったり、馬小屋になったりします。時空も超えて、拝見すると80代後半とお見受けする方が20代でいらっしゃったり、私との関係も同僚から親戚からご近所さんまで、さまざまに変化します。

 でも、このひっくり返したおもちゃ箱のような語りの中に、スピリチュアルペインの発露があるのです。

 認知症になったら何も分からなくなるとお思いでしょうか? いいえ、認知症という脳の変化の中で、スピリチュアルペインはむしろ、よりリアルに掘り返されるようなのです。

 (ちっともありがたくない話で申し訳ありません!)

 それゆえ、認知症の方にもスピリチュアルケアは必要であり、そして、ケアギバー側に若干のこつが必要ですが、「なる」のです。あ、もう最後の行ですか? では、また次回!

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