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「文化時報」コラム

㉗不運だけど不幸じゃない

2023年4月5日

※文化時報2022年10月14日号の掲載記事です。

 『オレの記念日』というタイトルのドキュメンタリー映画が8日、公開された。東京を皮切りに、神奈川、長野、愛知、静岡、三重、大阪、京都、兵庫、福岡の映画館で順次上映されることが決まっており、上映館はさらに増えていくだろう。

ヒューマニズム宣言サムネイル

 この映画は、「布川事件」と呼ばれた強盗殺人事件で無期懲役刑が確定し、29年間の獄中生活を余儀なくされた後、事件から44年後に再審無罪となった冤罪(えんざい)被害者、桜井昌司さんの日常をカメラで追った作品である。

 こう書くと、誰もが重くて暗い映画をイメージするのではないだろうか。しかし、映像の中でも、それが映し出されている観客席でも、何度も何度も笑いの渦が巻き起こる。その中心にいるのが、昌司さんだ。

 昼間は生き生きと受刑作業に励み、夜には房で詩を書く。刑務所の音楽クラブに所属して、楽譜の書き方を覚える。出所後は建設作業に汗を流す一方、各地でライブコンサートを開き、獄中で作詞作曲した歌を美声で披露する。

 恵子さんという良き伴侶を得て、楽しそうに庭仕事や家事にいそしんでいたかと思うと、全国の冤罪被害者を激励するために各地を飛び回る。集会や講演でマイクを握り、舌鋒(ぜっぽう)鋭く警察・検察の不正義を糾弾する。

 ステージⅣの直腸がんで余命1年と宣告されても、自然体で受け止め、周囲が驚くほどの回復を見せる。そして、自らの人生を「冤罪被害者になったことは不運だったけれど、不幸ではなかった」と言い切る。

 スクリーンの中の昌司さんは、いつも前向きで、ユーモアを絶やさず、たまらなくチャー ミングである。ドキュメンタリー映画でありながら、上質なエンターテインメント作品に仕上がっているのは、そんな昌司さんのキャラクターと、それを過度に「加工」することなく記録した金聖雄監督の力量ゆえである。

 さて、金監督があえて詳細に描かなかったことで、この映画の観客が自ら想像しなければならないことがある。

 それは、昌司さんが受けた、筆舌に尽くしがたい過酷な冤罪被害である。別件逮捕で警察に連行され、密室で厳しい取り調べを受け、わずか4日で「自白」に追い込まれた20歳の若者が、自由な空の下に解放された時には49歳になっていた。息子の無実を信じ続けた両親の死も、獄中で知った。自分も死ぬまで塀の外に出られないのでは、と何度も絶望感にさいなまれた―。

 想像した後に、もう一度スクリーンで躍動する昌司さんの姿を見てほしい。「人の道」を説く宗教者の方々にとっても、改めて「生きることの意味」を考える契機となるであろう。必見の作品である。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁で審理が行われている。

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