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「文化時報」コラム

㉘バイアスに気付く

2023年4月11日

※文化時報2022年10月28日号の掲載記事です。

 先日、ある学会で「刑事法とジェンダー」をテーマとするシンポジウムが開催された。

ヒューマニズム宣言サムネイル

 刑事手続きのさまざまな局面で、性差に対する偏った価値観や思い込み(ジェンダーバイアス)によって誤った見込み捜査や不適正な判断が行われ、正義の実現が妨げられているのではないか―という問題について、刑事法学者、心理学者、弁護士がそれぞれの視点から報告し、討論した。私はパネリストとして、女性が冤罪(えんざい)被害者となった幾つかの事件の背景に見え隠れするジェンダーバイアスを紹介した。

 例えば大崎事件では、農家の長男の嫁として、一家を切り盛りしていた原口アヤ子さんが、 知的・精神的な障がいや持病を抱えた親族たちのために生命保険を掛けていたところ、捜査機関は「アヤ子を首謀者とする保険金殺人」という犯行ストーリーを描き、それに沿う自白を「共犯者」たちから絞り取った。裁判所は「保険金目的」は断定できないとしたものの、「被告人は、勝気な性格な上、口数も多く、人の悪口も平気で言い触らし(中略)長男の嫁としてN家一族に関する事柄を取り仕切っていた」と認定した上で、アヤ子さんが、身内の厄介者だった義弟に対する日頃の恨みを募らせ、夫らに殺害を持ち掛けて実行した首謀者と認定した。

 この確定判決の認定は今から40年以上前にされたものだが、第3次再審で、地裁・高裁の再審開始決定を取り消した2019年の最高裁決定も、「勝気な性格で、口数も多く」というくだりをわざわざ引用している。

 男尊女卑の風潮の強い鹿児島の農村で、障がい者や病弱な者の多い一族にあって「しっかり者の長男の嫁」だったアヤ子さんに、「勝気な性格」「口数が多い」と陰口をたたく者がいたことは容易に想像できる。それを関係者の「供述」として証拠化し、アヤ子さんが「悪女」であることをことさらに印象付けようとした捜査機関と、捜査機関の主張を容(い)れてその通り認定した裁判所。そこにジェンダーバイアスの影響はなかった、と誰が言い切れるだろうか。

 シンポジウムに登壇した心理学者は、「女は従順でおとなしく、男に追従すべきだ」という偏った価値観が、その基準から外れた者に対して罰を与えようとする傾向(バックラッシュ効果)を生むと指摘した。別の心理学者は、バイアスにとらわれることが、他のストーリーの可能性を見えにくくする危険を示唆した。

 バイアスは誰の心の内にもあり、完全に消し去ることはおそらく不可能だろう。しかし、バイアスに気付くセンサーを心の中に持つことは可能である。私たちに求められているのは、センサーを研ぎ澄ます不断の努力である。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁で審理が行われている。

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