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「文化時報」コラム

㊺怒りは「悪」なのか

2023年10月5日

※文化時報2023年7月21日号の掲載記事です。

 3月に再審開始が確定し、死刑事件として36年ぶりにやり直しの裁判(再審公判)が開かれることになった袴田事件で、検察官は再審公判で改めて袴田巖さんの有罪を主張する方針であることが報じられた。すでに事件から57年、ようやく再審無罪のゴールが見えたと思われたが、審理の長期化は避けられない事態となった。

ヒューマニズム宣言サムネイル

 87歳の巖さんの命あるうちに死刑囚の汚名を雪(すす)ぐことができるか、また90歳になる姉のひで子さんが弟の無罪を見届けることができるのか、甚だ心配である。

 再審開始を認めた裁判所は、袴田さんが犯行時に着用し、直後に味噌タンクに隠したとされた血染めの衣類(5点の衣類)について、1年2カ月も味噌に漬かっていたとすれば血痕の赤みは残らないはずなのに、発見された5点の衣類に赤みが残っていたことから、捜査機関による捏造(ねつぞう)の可能性を指摘した。これに対して検察官は再審公判で、「1年2カ月味噌に漬かっても血痕の赤みは残る」という反証をするのだという。

 すでに再審請求の段階で、検察官は自ら味噌漬け実験を行い、それを裁判官が直接目視して「赤みが残らない」と判断したのに、である。いったい検察官は、袴田さんをもう一度獄につないで死刑にすべきだと本気で考えているのだろうか。

 そもそも、裁判所が警察による証拠の捏造を軽々しく認めることなど通常では考えられない。それでもなお、静岡地裁と東京高裁の、合計6人の裁判官が、5点の衣類の捏造の可能性に言及したのは、よほどの覚悟と自信があったからだろう。

 否、何よりも、自分たちの先輩裁判官が、さらに言えば日本の司法が、無実の人を死刑にするという取り返しのつかない誤りを犯したことへの痛恨の思いに突き動かされたからに違いない。

 この間、マスコミも袴田事件を大々的に報じ、検察官の対応を厳しく批判した。だが、私が物足りなく思うのは、そうした報道に対する一般市民の反応は、「巖さんかわいそう」「ひで子さん偉い」といったものが多いことだ。

 冤罪(えんざい)被害者本人や家族への共感はもちろん大切である。しかし、この圧倒的な理不尽の前に、市民は裁判所や検察、警察に対してもっともっと怒りを向けるべきではないだろうか。

 日本の学校教育では、周りと仲良くすることが推奨されるあまり、怒りそれ自体をすべからく「悪」だと教えてきたように思う。

 しかし、歴史をひもとけば、民主主義を実現し、社会をよりよいものにする原動力となったのは、いわれなき差別や権力の横暴に対する、市民の「合理的な怒り」だった。

 教育の現場、そして宗教の世界でも、「合理的な怒り」の意義を再認識してほしいと、切に思う。

㊲「同志」との抱擁

⑬「証拠捏造」から一転…姉と弟(上)

⑭奇跡のプレゼントに…姉と弟(下)

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。福岡高裁宮崎支部も23年6月5日、再審を認めない決定を出した。

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