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「文化時報」コラム

〈75〉国家とお金と仏教

2024年5月28日

※文化時報2024年2月27日号の掲載記事です。

 前回のコラム「2月は忙しい」に対して読者からご指摘があった。「建国記念の日」が正しいと。日常会話で「建国記念日」と簡単に口にしているので、よく確認せず原稿に書いてしまったことを反省している。

 現在国民の祝日は16ある。「憲法記念日」は「の」がなく「建国記念の日」は「の」が入っている。実は2月11日はわが国が建国された日と明確になっているわけではない。「建国をしのぶ日」として法令で定められているだけである。「の」が入っているのは、さまざまな意見のある中、折衷案のようなところがあるようだ。言葉に込められた経緯と思いの深さを改めて感じた。

 国家と仏教の問題はいつの時代も悩ましい。現在のわが国は政教分離の原則=用語解説=があるため、国家と仏教には一定の距離が取られている。初期のころの仏教は、出家者は托鉢(たくはつ)により命をつないでいたのだろうが、アショーカ王に代表されるように国王による庇護(ひご)があったことも大事である。

 また、現在の本願寺が東と西に分かれているのも権力者と大いに関係している。仏教は権力者に近くてはいけないが、全く無関係でも存続できない。だから非常に悩ましい。

 悩ましいことがもう一つある。お金との関係である。できればお金のことを一切気にせずに仏道を歩みたいところである。そのためには強力なスポンサー(旦那)が必要となる。

 しかし、庇護を受けようと思うとスポンサーにメリットがなければならない。莫大(ばくだい)な財産を自由に使えるスポンサーなら「功徳」と思ってお布施もしてくれよう。現代社会ではそれは期待できない。江戸時代から平成までは「先祖供養」という名目の下、お寺を維持するだけの浄財は集まっただろう。それも限界がきていることに異論のある方は少ないと思う。

 死者をしのぶ(悼む)とともに超高齢社会を暮らす人々に何を伝えればいいのだろうか? そこに福祉仏教の意義があると確信している。

【用語解説】政教分離の原則

国家の政治と宗教を分離させる原則。政治と宗教が互いに介入することを禁じる。日本国憲法では信教の自由を定めた20条と、宗教団体への公金支出を禁じた89条で規定される。

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