2022年11月7日 | 2023年8月7日更新
♪強く願えば どんなこともかなえられる―。デイサービス琴平(埼玉県所沢市)の生活相談員・石川祐輝さんと、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した古内孝行さんによる音楽ユニット「たか&ゆうき」が9月29日、埼玉県所沢市文化センターミューズで初のコンサートを開いた。歌詞の通り、強い思いを持って夢のステージに立った2人の様子をリポートする。
2人が歌ったのは全10曲。冒頭の歌詞は、オープニングの「All Love Sings」の一部だ。目の前に苦難があっても、自分たちなら乗り越えられると信じる2人を感じさせる歌詞が印象深い。
コンサートを開くまでには、いろいろな道のりがあった。2019年にALSの発症が分かると、古内さんはふさぎ込み、一時は自宅でゲームばかりして過ごしていた。それでも将来を考えると、前に進むしかない。さまざまな検査や治験に参加し、今の自分にできることを模索し始めた。
そんな時、出会ったのが石川さんだ。個人で音楽活動をしながら、古内さんの妻、一美(ひとみ)さんが働く「デイサービス琴平」に勤務していた。石川さんの元へ、古内さんが入浴のため週2回通うことになり、2人は出会った。
お互いに音楽好きだったことから、すぐに仲良くなった。古内さんの強い望みである「家族のために声を残すこと」に石川さんが賛同し、ユニットを組んで動画投稿サイト「ユーチューブ」で楽曲を発信することにした。
コンサートの曲の合間のMCでは、曲づくりの秘話など、2人の知られざる話が披露された。
古内さんが家族へ宛てた曲の作詞をし、メロディーのイメージを石川さんに伝え、石川さんが曲にする。メロディーの大枠は、夜な夜な入院中の病室の天井を見上げながら、こっそりとボイスレコーダーで古内さんが録音していたという。看護師に気付かれないように歌い、石川さんに送信したという話では、石川さんが「聞こえないからもう一回送って!って言ったよね」と、とり直しさせられたエピソードも。会場が温かい笑いに包まれた。
2人の会話は常に明るく、場を和やかにしてくれる。悲観的になりそうな話題も、石川さんが冗談を飛ばし、古内さんがニコニコとうなずくので、一瞬「この病気は回復に向かっているのでは…」と思わせられる。
それほどに、2人は音楽と今の生活を目いっぱい楽しんでいる。
今回のコンサート開催には、みんなで楽しむことだけでなく、もう一つの大きな目的があった。古内さんの大切な家族である一美さんと息子の奏多(かなた)くんへ、目の前でメッセージソングを届けることだ。
8曲目の「瞳の彼方へ」は、妻と息子の名前を組み込んだタイトルからも分かるように、特に思い入れの強い曲だという。奏多くんの仲の良い友達3人の名前も歌詞の中にちりばめた。「同じ学校に通うお友達同士、大人になっても仲の良い関係性を築いてもらえたら」との親心も込めた。
奏多くんには、知的障害がある。実年齢よりも知能の発達が遅れてはいても、大好きな父親が大勢の観客に囲まれ、ALSのことや自分のことを話す場面を見て、奏多くんなりに強く感じ取ったものがあったようだ。客席で涙を浮かべ、隣で寄り添う妻の一美さんも、時折声を掛けながら見守っていた。
曲が終わった瞬間に席を立った奏多くんは、うれしそうに父親に向かって拍手をした。たとえ手や足が動かなくても、いつも優しく、そばで温かい愛情を注いでくれる古内さんのことが大好きなのだろう。父親のコンサートを楽しむ奏多くんの姿は、観客を笑顔にさせた。
2人はこれまで支えてくれた多くの人たちの前で、心を込めて歌を披露した。
歌だけでなく、支援者たちによる絵本朗読、ピアノ、パーカッションなど、音楽の深みを増す飽きのこない演出に支えられていた。どの出演者も音楽を愛し、自分たちの個性を丁寧に表現するアーティストだった。
子どもから大人まで幅広い世代の観客が会場を埋め尽くし、優しい雰囲気に包まれていた。難病を抱えた古内さんの強い思いや、明るくそばで寄り添い歌う石川さんに、どれだけ多くの人が勇気をもらい励まされたことだろう。
コンサートの締めくくりの言葉は「ここからが僕たちのスタートです」だった。
たとえ気管切開の日が来ても、テキストデータを本人の声で読み上げてくれる音声合成ソフト「ボイスター」に自分の声を残し、将来的に会話ができるようになればと希望を持つ古内さん。それを応援する石川さん。2人の挑戦は、まだまだ続く。
「福祉仏教 for believe」では、今後も「たか&ゆうき」の音楽活動を追って紹介していきます。ご期待ください。