検索ページへ 検索ページへ
メニュー
メニュー
TOP > 橋渡しインタビュー > 「歌う介護士」が信じる音楽の力 石川祐輝さん(上)

インタビュー

橋渡しインタビュー

「歌う介護士」が信じる音楽の力 石川祐輝さん(上)

2022年9月1日 | 2024年10月2日更新

 埼玉県所沢市のデイサービス琴平で働く石川祐輝さん(40)は、シンガーソングライターと介護職の二足のわらじを履いている。自身の音楽活動を生かそうと、介護の現場に音楽療法を取り入れた。過去には小売店の店長を務めた経験もあり、人を喜ばせることが大好きな石川さんは、介護職を「究極の接客業」だと考えている。

弾き語りで利用者を笑顔に

 10歳から作詞・作曲を行っていたという石川さんは、19歳の時に単身渡英。ビートルズゆかりのリバプールで20歳の誕生日を迎えた。帰国後はロックバンドのボーカルとして東京・渋谷のライブハウスに立ち、エネルギーに満ちあふれた歌声を披露していた。

 音楽活動と掛け持ちできる仕事がないか探していたところ、ふとアルバイトの求人が目に留まった。「レクリエーションワーカー募集」。東京都清瀬市のリハビリ病院だった。

 導かれるように入職し、上司とタッグを組んでさまざまなレクリエーションを行った。「ギターを弾けるなら歌ってほしい」と頼まれたことで、シンガーソングライターの本領を発揮。高齢者向けに回想法=用語解説=を用いた弾き語りの歌レクを行った。

 明治・大正・昭和の歌謡曲や童謡を、ギターの演奏に乗せて歌い上げ、たくさんの利用者を笑顔にした。音楽活動と介護職の両立は、体力的に厳しいこともあったが、充実した日々だった。

レクリエーションで大活躍の石川さん
レクリエーションで大活躍の石川さん

「99年間で一番の思い出」

 当時99歳だった女性のAさんは、レクリエーション室でリハビリを受けており、よく石川さんと話をした。歌レクも喜んでいたが、次第に衰弱し、やがてベッドから起き上がれなくなった。

 石川さんはギターを持って病室に入り、枕元で「故郷(ふるさと)」を歌った。自分のために歌われた一曲は、最期の時を迎えたAさんの心に届いた。「99年間生きていて、私の一番の思い出になったよ…」。そう話した数日後、静かに息を引き取った。

 「その時に、音楽の力ってすごいと改めて思って…」と石川さん。のちにAさんとの思い出を「帰り道」というタイトルのオリジナル曲にした。

 その後、いったん介護現場から離れ、小売店の店員に転職。接客態度を評価され、店長に昇格してあちこちの店舗を渡り歩いた。東日本大震災を機に結婚し、なるべく家族のそばにいられる仕事をしようと、再び介護現場に戻ったという。現在はデイサービス琴平で、生活相談員として勤務する。

デイサービス琴平のバルコニーにて
デイサービス琴平のバルコニーにて

誰にでも、同じように約束を守る

 石川さんは「介護は究極の接客業」と考えている。

 日によって異なるお客が短時間訪れる店舗での接客とは異なり、介護現場では1日の大半を同じ場所で利用者と過ごす。体は元気で認知症という利用者もいれば、認知症はないが体が不自由な利用者もいる。会話一つとっても、相手の反応や症状によって対応を変えなければならない。スムーズなコミュニケーションができなくても、相手の表情を読み取り、お互いの関係性を築くことで、円滑なサービスにつなげていく。

 大切にしていることがある。利用者との約束を守ることだ。

 一般的には利用者から声を掛けられても、すぐ対応できないことはよくある。つい「待っててね!」と言ったきり相手をせず、そのまま次の仕事をしてしまうことも…。

 「でも、私の場合は『5分後に行きます!』と具体的な時間を伝え、必ず5分後に戻るようにしています。すると、相手に信用してもらえる。どの方にも同じように約束を守ることで、私が夜勤に入るときは、皆さん安心してぐっすり寝てもらえます。とても大事なことだと思っています」

音楽で介護職としての役割が広がった
音楽で介護職としての役割が広がった

 「ありがとう」「ごめんね」。利用者から介助中にそう声を掛けられるたびに、石川さんは次のように思っている。

 「普段の生活で体が元気なら、トイレでズボンを下ろされたり、服の着替えを手伝ってもらったりすることはないですよね。お礼を言われるのはありがたいことですけど、私の方がお礼を言いたくなります。『手伝わせてくれて、ありがとう』って」

 かつて自分でできたことが、今は手伝ってもらわなければできないことに、人は抵抗感を持つ。その中で身を任せてもらえていることに、感謝しているのだという。

 石川さんには、まだまだやりたいことがたくさんある。介護の仕事を通して、音楽活動が予想もつかない方向で広がりを見せているからだ。

>>㊦へつづく

【用語解説】回想法

 昔の懐かしい写真や音楽、かつて使っていたなじみ深い家庭用品などを見たり触ったりしながら、昔の経験や思い出を語り合うことで、気持ちの安定やコミュニケーションの活性化につなげる一種の心理療法。1960年代にアメリカの精神科医ロバート・バトラー氏が提唱した。認知症のリハビリ療法として効果が期待される。

おすすめ記事

error: コンテンツは保護されています