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インタビュー

橋渡しインタビュー

「片付け」でその人らしさ守る 永井美穂さん

2023年3月18日

 2009(平成21)年、日本初の「片づけヘルパー」として活動を始めた永井美穂さん(57)。認知症の祖父の最期に立ち会った時、ショックで手を握れなかった後悔から、介護職に転身した。現在は訪問介護事業所で、「整理収納アドバイザー」として家の片付けを求める高齢者とその家族のために全国を回る。介護の視点から片付けについて一緒に考え、健康で安全に生活できる環境づくりを実践している。

多才な永井さんはイラストレーターとしても活躍する
多才な永井さんはイラストレーターとしても活躍する

手を握ってあげる人になりたい

 永井さんは1965(昭和40)年生まれ、愛知県出身。高校時代に名古屋で見た公開録画に影響を受け、テレビ制作の仕事に就くため18歳で上京した。専門学校卒業後に念願のテレビ制作会社で働き、20代は番組制作一筋に過ごした。

 多忙の中、名古屋で暮らす認知症の祖父の危篤の知らせを受け帰省した。しばらくぶりに会った祖父は、家族の顔すら認識ができなかった。その様子に驚くとともに、怖くて手を握ることすらできなかった自分にショックを受けた。

 このことを機に30歳でテレビ制作会社を退社し、介護職へ転身。家政婦紹介所にも登録し、派遣先のさまざまな家庭の様子を目にした。32歳になった頃、自身の根底にある「祖父のような方のところへ行ってお手伝いをしたい」との気持ちから、訪問介護事業所で働き始めた。

 「最初は利用者さんと会話するだけで精いっぱいでした。でも、気持ちに寄り添って手を握ってあげる人になれることを第一目標に頑張っていました」。毎週利用者の自宅に通い、信頼関係を大切にしながらサービスを行ってきた。

「片付け=きれい」だけではない

 訪問介護員は、担当する利用者の家庭事情や生活背景を理解しながら、身体介護や生活支援を行う。

 訪問した家庭の中には、獣道のような、部屋の中を歩くことすら困難な家もあった。物であふれかえったとある女性利用者の家を訪ねた時、衝撃を受けた永井さんは、わずかな通り道をたどりながら少しずつ部屋を片付けていった。

 だんだん片付いてきた頃、ほとんどベッドから動かなかった利用者が、自分で起き上がってキッチンまで水を飲みに行き、トイレも自力でできるようになった。行動範囲が広がったことで、生きがいを取り戻したように見えた。介護現場での整理収納の必要性を感じた。

 「次第に利用者の笑顔が増えました。人生が変わった瞬間を目撃したこともあります」と永井さんは話す。

 そこで、2008(平成20)年に一般社団法人ハウスキーピング協会が認定する整理収納アドバイザーの資格を取得。翌年「片づけヘルパー」として名乗りを上げ、介護保険ではなく自費サービスで、介護現場に整理収納を取り入れる活動を開始した。子どもから高齢者まで利用できる自費の介護・家事サービスを行うNPO法人グレースケア(東京都三鷹市)に片づけヘルパーとして所属しながら、フリーでも依頼を受けている。

利用者さんとよく話し合って片付けする(提供写真)
利用者さんとよく話し合って片付けする(提供写真)

 永井さんの片付けは「きれいにすること」がテーマではない。利用者がヘルパーに任せきりで片付けを頼む仕組みではなく、一緒に片付ける。「永井さんは捨てろ捨てろと言わない」と利用者に言われることもあるくらい、物を無理に捨てさせたりはしない。

 介護士の視点で、最も重要な利用者本人の意思や尊厳を大切にすることが、円満に片付けを進めるためのポイントだ。体に負担がかからない収納や、より少ない歩数で移動できる物の置き場などを決めていく。たとえ病気で寝たきりになっても、安心安全な生活を持続できる。

 何人もの自宅を訪問した経験から、永井さん自身も、夫の両親の介護に片づけヘルパーとしての技術を生かすことができた。いざという時に備えて、棺(ひつぎ)に入れたい物を決めておくなど、肉親では聞きにくいことを永井さんが一緒に片付けしながら聞き取ることもあるそうだ。

利用者の看取りにも影響

 永井さんが行う片付けには、利用者の生活の深いところや生き方にも関わることができる力がある。

 がんで自宅療養中の60代男性は、妻と2人暮らし。手伝いに入った永井さんは、介護用ベッドを入れる手配やその周辺の物の片付けなどで、テキパキと動いていた。

 永井さんは長年の経験から、もう男性があまり長くないのではないかと感じていたが、男性は職場復帰を望んでいた。

 ある時、永井さんは「仕事に行かれるようになったら、何を着ていきますか?」と質問した。すると、たくさんある服の中から男性は指を差し「スーツはこれ、ワイシャツはこれ…」と選んだ。永井さんは男性のお気に入りをチェックしメモしていた。

クローゼットを整理する永井さん(提供写真)
クローゼットを整理する永井さん(提供写真)

 男性は仕事に戻ることなく、1年半後に亡くなった。直後に妻から永井さんの元に電話があった。何を準備していいのか分からず、慌てている様子だった。
 
 「まずクローゼット内の写真を送っていただき、印をつけて画像を返信しました。生前お気に入りだった衣服を棺(ひつぎ)に入れてほしい、とお伝えできました」。生前に会話していたことが、いざというときの家族の助けになった。

 片づけヘルパーは片付けだけでなく、利用者の看取(みと)りまでお手伝いできる―。

 そんな永井さんの活動は、所属するNPO法人グレースケアの「指名制度」とともに、珍しい取り組みとして雑誌やメディアに取り上げられることが増えてきた。2019年には初の著書『日本初の片づけヘルパーが教える 親の健康を守る実家の片づけ方』(大和書房)を上梓。高齢者のための片付けセミナーも積極的に開催している。

著書には、高齢者が自宅で健康に安全に過ごすための方法が記されている
著書には、高齢者が自宅で健康に安全に過ごすための方法が記されている

 今後は、自分と同じように片づけヘルパーとして活躍できる介護士の育成に励みたいという。「これからも介護や片付け、親子関係に悩む全ての方の元へ、声が掛かれば全国どこへでも飛んでいきたいと思います」と、笑顔で話した。

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