2025年8月11日
※文化時報2025年5月13日号の掲載記事です。
本棚のオーナーになっておすすめの本を並べられるシェア型図書館=用語解説=の人気が広がっている。オープンから1年を迎えた大阪府八尾市の「図書室~緒いとぐち~」は、本の貸し出しはもちろん、子どもが勉強したり大人がイベントを行ったりする場になっている。開かれたお寺・教会づくりのヒントになりそうな取り組みは、どのように始まったのか。(主筆 小野木康雄)
近鉄河内山本駅から徒歩7分。昔ながらの長屋通りに「いとぐち」はある。築50年ほどの二軒長屋のうち1軒が改装され、壁には箱型の本棚が72箱並ぶ。約半分にオーナーがいるという。

1箱の大きさは内寸で幅40センチ、高さ35センチ、奥行き30センチ。小説や実用書、マンガや絵本など、オーナーの好みで多彩なジャンルが雑多に並べてある。コーヒー店の店主はコーヒーに関する本をそろえ、ある親子は小型のガチャガチャを置くなど、それぞれの個性が光っておもしろい。
オーナーになるには月2500円が必要だが、それぞれ自分を表現する手段として本棚を使っているようだ。「自分の読まない本に出会えるのが楽しい」「気軽に交流できるのがいい」。利用者からはそんな声が聞かれた。
「司緒」(司書)の北村彰規(てるき)さん(43)は言う。「著者や編集者など、本の後ろには人がいる。人と人をつなぐ役割が、本にはあるんです」
北村さんの前職は、人材派遣会社のマネジャー。取引先から業務を丸ごと請け負い、派遣社員を率いて遂行するアウトソーシング部門の責任者を務めていた。

100人規模の大きなプロジェクトに取り組んでいたさなかの2021年夏、うつ病を発症。会社に黙って治療を続けたが完治せず、働き方と暮らし方を見直したいと考えて、1年半後に退職した。
学童保育のアルバイト職員をしながら、根っからの本好きが高じて月1、2回、自分の蔵書を持ち出し、マルシェなどのイベントで移動図書館を始めた。そうした中、シェア型図書館の存在を知ったという。
同じような形態の「シェア型書店」を開くという選択肢もあったが、1回の売買で相手との関係が終わるよりも、貸し出し時と返却時に2回会える図書館の方に魅力を感じた。それに図書館なら、学校帰りの子どもや学校に行きづらい子どもが遊びに来やすいと考えたという。
24年4月にオープン。「誰とでも、何とでもつながれる場にしたい。誰かと何かの緒(いとぐち)(糸口)になれれば」との願いで「いとぐち」と名付けた。会員制交流サイト(SNS)や口コミで、オーナーや利用者が徐々に増えている。
「いとぐち」は本を貸し借りするだけの場所ではない。アルコールを除く飲食物の持ち込みや昼寝、テレワークも可能。小学4年~中学3年の個別学習支援や、オーナーが企画するイベントなども行われている。

3月27日には「哲学カフェ」が開催された。さまざまな立場や年代の12人が参加し、この日のテーマ「出会いとは何か?」を巡って、コーヒーを片手に哲学談議にふけった。
1月には、能登半島地震で被災した石川県珠洲市の様子を報告する「シェア会」を、北村さんが開いた。同市には妻の実家があり、北村さん自身も昨年元日、帰省中に地震に遭った。
身内は全員無事だったが、家屋は全壊。実家の家族は仮設住宅に入るまでの約9カ月間、納屋で生活することを余儀なくされたという。
知人から、特技を生かして被災地へ慰問に行きたいと相談されることがあるという北村さん。止めることはないが「誰も待っていないし、楽しみにしていない」と伝えるという。
「能登の人たちは、拍手せざるを得ないから拍手するし『ありがとう』とも言う。でも、終わったらまたあの景色に戻る。自分のために消費する存在にしてはならない」
そうした思いは「いとぐち」の運営にも生かされている。困っている人、助けたい人はたくさんいるが、誰かのためにと言いながら自分のためにすることだけは避けたい。「大切なのは、意思を持たないこと。自然につながりができる場になれば」と考えている。
営業時間は火~金曜の午後1~6時。問い合わせは「図書室~緒いとぐち~」

【用語解説】シェア型図書館
本棚のオーナーを有料で募り、本を貸し出す私設図書館。オーナーは自分の棚にそれぞれ好みの本を並べるため、公立図書館にはない個性が出る。いろいろな人が運営に関わるため、にぎわいを生む場にもなる。2020年3月にできた「みんなの図書館さんかく」(静岡県焼津市)からブームが広がり、「みんとしょネットワーク」の調べで全国に約100カ所ある。